CHAIN_69 知を喰らうもの

「――マインドイーター?」


 復元と解析が終わったリンから話があると言われツナグはエルマから少し離れた場所に来ていた。ここなら話していても気味悪がられることはない。


「そう。あの化け物の名前」

「そんなのどうやって知ったんだよ。解析した中にそういうデータがあったのか?」

「ううん。教えてもらったの。向こう側の人に」

「向こう側……? 悪いがもうちょっと分かりやすく喋ってくれ」


 リンの理解不能な回答にツナグは参って人間用の説明を求めた。


「あのね、繋ぎ合わせて復元したあとに解析したらマスクデータが出てきたのよ。暗号化と違って不可逆的だからオリジナルのデータが何なのかは分からなかったけど、一部だけは処理が甘くてアクセスできたの」

「……それで?」人間用の説明でも引っかかるがとりあえず先へ。

「そこに偽装パスのコードがあって、これは制限があるところに無理やり通り道を作るものなの。ツナグ。マインドイーターと初めて会った時のこと覚えてる? 変な場所から突然現れたでしょ?」

「ああ。空間に割れ目ができてそこから出てきたな」


 あの施設では人々はポータルゲートを通って出入りする。空からの不法な入場は本来想定されていない。


「それと同じことができるはずだったんだけど……なかなか上手くいかなくて。ツナグのバカって言いながら何度もこの空間の境界面を叩いてたの」

「おいこら、人工知能」

「そしたら向こう側から反応があって。それでメッセージのやり取りをしたわ」

「……ったく誰なんだよそいつは?」


 ツナグは直前の愚痴を無視されたことよりもその相手のほうが気になった。


「分からないわ。でもすごく詳しかった。文字制限があったけど色々と有益な情報を手に入れたわ。今ここで全部話すとツナグの頭がパンクしちゃうから時機に応じて話すわね」

「頼むからそうしてくれ」


 困り顔のツナグ。一度に話されても理解が追いつかない。


「あっ! でもこれだけは話しておかないと」

「なんだよ?」

「解析した中にあの風間って人間の記憶・人格・生体データとおぼしきものが含まれていたわ。おそらくそこから模写したのね」

「……そういうことかよ。でもどうやって……」


 そのデータを手に入れたのか。答えについては思い当たる節がある。


「なあ、リン。ここにいる俺って言ってしまえばデータの塊だよな」

「そうとも言えるわね。ここにいるツナグは生体データを元に構成されているわけだから」

「じゃあ、あいつらはそれを奪えるんじゃないか? 名前を聞いた時から不思議に思ってたんだ。マインドイーターってどういう意味なんだろうってな」

「直訳すると心や精神もしくは知を喰らうものって意味ね」

「だろ? たぶん風間はあいつに襲われてデータを奪われたんだ。それなら説明がつく」

「向こう側の人もそんなことを言ってたわ。でも生体データを奪われたところで現実世界の肉体には影響ないはず。問題なのはこっちにコンバートする必要がない記憶や人格データまで出てきたことよ、ツナグ」

「お、おう……」


 珍しく真剣なリンに押され気味のツナグ。


「シンクロナイズ用にDIVEと接続中は脳や神経とリンクしてるから直接そこにアクセスして取得した可能性が高いわね。私が指輪を通してツナグの体にアクセスしているように」

「それってかなり危なくないか?」

「ええ。人体に影響があるはずよ。その点、私たちは上手くやってるわね」

「まあな」


 二人の関係も大きな危険を孕んでいるが今のところは安定している。


「――あのー……。お兄さん、大丈夫ですか?」


 なかなか戻ってこないことが気になってエルマが様子を見にきた。


「ああ、大丈夫だ。ちょっと考え事してて」

「そうだったんですね。良かった。置いていかれたんじゃないかと思ってちょっと怖くなっちゃいました」

「そんなことするかよ」

「へへへ。ですよねっ」


 予想通りの返事でエルマは嬉しそうにはにかんだ。


「さて、これからどうするか」

「このままお城まで上がっていきますか?」

「そうだなあ……」


 ツナグが考えるそぶりを見せるとリンが口を挟んだ。


「ツナグ。向こう側の人から他のプレイヤーを助けてほしいって頼まれたんだけど、どうする?」


 ツナグはそれを聞いて少し悩んだあと、


「よし。来た道を戻って下りよう。たぶん上がっても誰もいないしな」


 エルマに向けてそう言った。


「そうですね。あれから風間君、じゃなかった変な生き物以外には出会ってないですし」


 エルマも納得したことで二人は坂道を引き返した。

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