CHAIN_67 イタイ……クルシイ……タスケテ……

「イタ、イ……イタイ……エル、マ……タスケテ……」

「なんだと……」


 聞き間違いでなければ今確かにエルマの名を呼んだ。後方で隠れていたエルマもその声によって顔を覗かせた。


「イタイ……クルシイ。エルマ……エルマ」


 機械的だった化け物の声は徐々に鮮明になっていく。


「モウ、ワルイコト、シナイ。ユルシテ。ナカマ、イレテ」

「風間……君?」エルマが眉を上げた。

「こいつが……風間?」


 ツナグはエルマを一瞥したあとに武装を解除した。


「ガッコウ、タノシイ。デモ、トモダチ、イナイ」


 言われてみればそれは聞き覚えのある風間の声だった。


「ど、どうしちゃったのそんな姿になって……」


 隠れていた場所からおどおどと出てくるエルマ。その時だった。


「――ッ」


 化け物が急に細長い足を伸ばした。それはツナグの横を通り過ぎて一直線にエルマのほうへ。鉤爪がその顔を目がけて振り上がる。


「――騙されるな」


 けれどそれは寸前で止まった。ツナグが手を伸ばして掴んだからだ。


「こいつが風間なわけないだろ」


 手に力を入れてその足を折ってもぎ取った。化け物は再びキィと甲高い声を上げた。


「ツナグっ。仕留めてっ!」リンが催促する。

「ああっ! 鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」


 それに応えてツナグは化け物のもとへ駆け寄り渾身の一撃を打ち込んだ。


「ヤ、ヤ〆|―¡™≠π…?%$#@>:£¢∞ ¶•-“<+*&^!±」


 拳を当てたところから波紋のようにブロックノイズが広がって風船のように膨張し泡のようにパッと弾けた。


 粉々に砕けたデータのフラグメントが光り輝きながら二人の頭上に降り注ぐ。


 エルマは見上げてその光景に見惚れている。


「ツナグ。お願いがあるんだけど。データを解析したいからそれのフラグメントをかき集めてくれる?」

「ああ、分かったよ」


 リンのお願いでツナグは降り注いだデータの破片をできる限りかき集めた。


「あ、あの、お兄さん。何をしてるんですか?」


 今まで惚けていたエルマは我に返ってツナグのもとへ。


「データのフラグメントを集めてるんだ」

「あっ、なら僕も手伝いますよ」

「助かる。ならこっちは俺がやるからあっちを頼む」

「はいっ」


 エルマは指示通りの方向に駆けていった。


 ツナグはふと家の庭で落ち葉の掃除をしているような気分になった。でもこれでやつらの情報を少しでも引き出せるなら安いものだと考えてせっせと取り組んだ。


§§§


 二人でもさすがに全部は集めきれなかったが、だいたいの部分はなんとかかき集めることができた。


「お兄さん。結局これってどうするんですか?」


 粉塵データでできた小さな山を見ながらエルマが聞く。


「それはもう……あれよ」と言いつつツナグはリンを見やる。

「可能な限りデータを復元してみてそこから解析してみるわ。あ。復元するといっても解析用にデータを繋ぎ合わせるだけだから心配しないでね。復活したりはしないから」

「……データを危なくない範囲で復元してから解析するんだよ」


 リンの言ったことをほとんどそのまま喋ったツナグ。


「はえー……。お兄さんってそんなこともできるんですね」


 エルマはそれに感心してその場にしゃがみ込んだ。


「……風間君。こんなになっちゃって」

「いや、だからこいつは風間じゃないだろ」

「そ、そうでした。やっぱり違いますよね。じゃあ何なんでしょうこれ」

「それを今から調べるんだよ」

「ツナグ。フラグメントに手を当ててもらえる? 近いほうが解析しやすいから」


 リンに言われてツナグは粉塵データの小山に手を触れた。


「じゃあ共振形態【レゾナンスフォーム】を一旦解除するわね」


 すっと体から何かが抜けるような感覚とともに共振形態は解除された。そこからリンは人形みたいに黙りこくってフラグメントデータの復元・解析に専念した。


 §§§


「――ああ、ナツキさん。来てくれたんですね」


 女性オペレーターが振り向いた。


 ナツキと呼ばれた男の本名は良川ナツキ。上位の実力を持つゴールドランクのプロデントプレイヤーで電脳世界にも造詣が深い。


「状況は?」

「はい。関東地区の予選会場がロックダウン状態。我が社のデータセンターに問い合わせてみたところ『表面上は正常に稼働しているが管理者権限を受けつけない』との回答でした」


 部屋の壁がモニターで覆い尽くされているここは日本ラジエイト社の大会運営局、その統括本部にあたる場所。社員といえども関係者以外は立ち入り禁止。


 ここは全大会会場へのアクセス権限を有していて状況も逐一監視している。が、プライバシーへの配慮から特定のプレイヤーに注目することは滅多にない。あくまでも俯瞰から。


「こちらからのアクセス要求も拒否。なので会場内が実際にどうなっているか確認が取れません」


 その言葉が示すようにモニターの多くには何も映っていなかった。


「復旧の見込みは?」

「今のところはありません。通常のケースと違って今回は意図的に引き起こされた可能性が高く、実行犯を突き止めない限りは」

「……どうしてあの会場に。いったい何が目的だ」


 ナツキは顎に手を当てて実行犯の動機を考える。


「電力供給を切って強制的にシャットダウンさせるという手段もありますが」

「いや、それはやめたほうがいい。この状況下で強い刺激を与えると今現在接続しているプレイヤーが未帰還者になる恐れがある。実行犯も我々がその手段に出ないことを知っているはずだ」

「……ナツキさん。あなたはどこまで知っているんですか……?」


 女性オペレーターは思わず息を呑む。関係者の自分ですら知らないような情報をこの男は数多く隠し持っていると。


「詮索は無用だ。今は仕事に専念してくれ」

「……そうですよね。すみません。聞いた私が愚かでした。ですがマインドイーターと見られるマルウェアが会場内に侵入したという報告がすでに上がっています。もしそれが事実ならどちらにせよ同じ結果になるのでは?」

「完全に望みを絶ってしまうよりはマシだ。対抗して持ち堪えてくれる子もいるかもしれない。だから今は現実世界の彼らの保護を優先するべきだ」

「そう仰ると思って参加者のいるデントセンターへはすでに通達済みです」


 その返しにナツキは感心して眉を上げた。


「保護のプロセスは?」

「他のケースと同様に絶対安静。センターを封鎖後、送り込んだ特派員と専門医が彼らの保護活動にあたります。それによりDIVEの開閉はおこないますが、中の人間には極力触れず接続した状態を維持します」

「完璧だ。仕事が早いな」

「みんなのおかげ。チームワークです」


 彼女がそう言うと他のオペレーターたちが一斉に振り向いた。みんなまだ余裕のある表情をしている。

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