CHAIN_66 中身がない
「ご、ごめんね。風間君。びっくりしちゃって」
幽霊じゃなくて安心したエルマ。立ち上がって一歩前に踏みだした。
「いや、待て。様子がおかしい」
こちらに気づいているはずなのに風間は微動だにしない。そのことに不審の念を抱いてツナグは近づこうとするエルマを手で制した。
「……ログアウト中か?」
もしそうだとしたら絶好の機会。推奨はされていないが切断中の攻撃も公式に認められている。だからこそ休憩中に身を潜める場所は重要なのだ。
今度こそ仕留めてしまおうとツナグは静かに近寄った。
「――鉄鎖の 《チェーン》」
大きく拳を振り上げたその時、異変に気づいた。その手を急に止めてゆっくり下ろし、怪訝な表情で彼の背後へ回り込む。
「ど、どうしたんですか?」
その不思議な行動にエルマは困惑気味。
「……ないんだ」
「え、ないって何が?」
「中身が……」
「中身がないのはログアウト中なら当たり前じゃないですか?」
「こっちに来れば分かる。見たほうが早い」
いつにない真剣な表情のツナグに呼ばれてエルマは駆け寄った。
「いったいどうしたんですか。そんな真剣な顔で……えっ?」
エルマは目を見開いて硬直した。
風間という人間を忠実に再現した立体のグラフィックデータ。その背中のテクスチャが縦に大きくパックリと割れていた。ブロックノイズがうごめくそこから中を覗くと文字通り空っぽで何もなかった。
現実のように元々骨や臓器が詰まっているわけではないのでたとえ空っぽでも不思議ではない。が、奇妙なのはそこに中身があったかのような痕跡が見られたからだ。
風間のデータ内部はブロックノイズで荒れていて、背中のテクスチャは外側へ押しだされたような形で裂けていた。
ツナグが触れると風間は脆く崩れ落ちてデータの残骸となった。
「こ、これはいったいどういうことなんでしょう……」
状況が上手く掴めず不安そうなエルマ。
「エルマ。ここで俺が見ててやるから試しにログアウトしてみてくれないか?」
「は、はい。分かりました。では、ちょっと行ってきますね」
促されてエルマはログアウトを試みた。しかし、
「……あれ?」
正常に機能しなかった。
「ど、どうしたんだろ。えいっ!」
何度実行してもそれは反応しなかった。
「な、何か間違えてるのかな……」
自分のせいだと思い始めたエルマに、
「今俺も試してみたけどダメだった」とツナグは告げた。
薄々感じていたこの不気味な雰囲気。あの時と似ている。ツナグはそう思った。
「ツナグ。エコーに反応があったわ。ここからそう遠くないところに。でも大きさからして人型じゃないわね」というリンからの報告。
「人型じゃ……ない」
考えられるとすれば変身アビリティを持つプレイヤーだが。もしもそれ以外なら運営が用意した生き物型のオブジェクトということになる。しかしそんな話は聞かされていない。
「まさかな……。マジで頼むぞ」
脳裏によぎった嫌な予感。できれば当たらないでほしいと強く願うツナグ。
「……お兄さん。さっきから何を一人で喋ってるんですか?」
「ただの癖だ。頭の中をちょっと整理してる」
「ああ、なるほど」
「ログアウトはたぶん不具合だからもうじき直るよ。じゃないと面倒なことになるからな」
「そ、そうですよねっ。安心しました。ずっとこのままだったらどうしようなんて思っちゃって……はは、バカですよね。そんなことありえないのに」
「もっと気楽にいこうぜ」
ツナグはこれがただの不具合だと思わせておくことにした。そのほうが精神的な負担も軽くなると考えて。
「――ツナグっ! 反応が急速接近! たぶん見つかったんだわっ!」
突然リンが叫んだ。
「来るっ!」
次の瞬間、空から謎の物体が降ってきた。激しい着地による力で周囲を抉り舞い上げて家屋の一部を損壊させた。
「ぐっ……」
「んっ……」
怯んだ二人が向き直るとそこには奇怪な化け物の姿があった。
「お前は……ッ!」
ツナグはそれを睨みつけた。
忘れもしない生き物としてアンバランスなその姿。蜂を彷彿とさせる頭部。だらしなく垂れ下がった胴体。枝のように細長い四本の足。
前回と違うのは背中に昆虫のような羽が生えていて前足の先には猛禽類のような鉤爪も生えているということ。
「な、なんですかこれって……」
「エルマ。俺から離れて隠れてろ。いいな」
「で、でもっ、そしたらお兄さんは」
「早くッ!」
ツナグが声を荒げるとエルマはビクッと体を震わせて素直に従った。
「リンっ」
「分かってる!」
ツナグとリンは同期を開始。通常形態から共振形態【レゾナンスフォーム】への急速移行。
脳のキャパシティが広がってオーバークロックされるような感覚。それとともに力がみなぎり動きが最適化されて敏捷性も向上していく。
視界は明瞭。戦闘予測は良好。状況判断も適切。
「いけるわよっ!」
最後にリンの承認が下りて準備は整った。
「……いくぞ、化け物ッ!」
ツナグは地面を蹴って敵の懐に飛び込んだ。
「――鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」
先手必勝の拳打ち。予想通り相手は飛びでた目玉をぎょろりとしただけで動きにはついてこられない。
その複眼を強く殴りつけると化け物はキィと甲高い声で鳴いて怯んだ。
あの時と同じで決して強すぎることはない。けれどツナグは油断しない。
「鉄鎖の二連拳 《デュアルチェーンブロー》」
両手を鎖で覆った。機動力の低下を除けば鉄鎖の拳の上位互換スキル。
「はァッ!」
重い拳を容赦なく何度も叩き込むと化け物は苦しみ悶えた。そのあとに自慢の鉤爪を素早く振るって引っかこうとしたがツナグは全て予測回避。一切当たらなかった。
「二度と会わないと思ってたんだけどな」
それからさらに拳を数発その体に打ち込むと化け物は羽を折り畳んで縮こまった。見るからに弱っている。
「終わりにしようぜ」
ツナグは手を振るって鎖を鳴らした。そうして近づこうとすると、
「タス……タス、ケテ……タスケテ……」
化け物は突如として喋り始めた。
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