CHAIN_44 氷の帝王 -2-

「――氷柱の投槍 《アイシクルジャベリン》」

「――鉄鎖の投槍 《チェーンジャベリン》」


 同時に同系統のスキルが放たれた。ツナグのほうが速い。二つは途中で音を立てて衝突した。速さとその貫通力により鎖は真正面から氷柱を粉砕したが、それで勢いを失って地面に垂れ落ちた。


「リン! 同期率を落としてくれッ」


 これは挑戦だ。果敢に挑んでくるこの男に自分の実力がどこまで通用するか。


 ツナグは鎖を引き戻して次に打ってでる。ヒサメは移動して地面に手を当てた。


「氷柱の壁 《アイシクルウォール》」


 地中から突きでた大きな氷柱の壁。自身の体力ゲージが残り少ないことを踏まえての防御策だ。


「氷柱の白波 《アイシクルウェーヴ》」


 氷壁の左右二方向から大きな氷柱の縦波が現れた。それは途中で四つに分かれてもなお勢い衰えずに地上を疾駆する。


「くッ……!」


 同期率の減衰に伴って回避が難しくなり戦闘予測も本来の姿へと戻っていく。


 それでも頭や体に覚えさせた感覚と練習した分の時間は意地悪に背を向けない。


「このやろう……ッ!」


 鎖を巧みに使って迫りくる氷波をなんとかギリギリで避けていく。運が良いのかさきほどよりも追尾性能が低い。


 ヒサメがいる氷壁まであと少し。飛び込むとしたら右か左かあるいは上か。


「よしッ」


 ツナグは上を選んだ。どちらにせよ策を講じているはずだと考えて飛び込んだあとに攻撃しやすいほうを取った。


 助走をつけて射出した鎖は氷壁の上部に突き刺さり急速に引き戻された。その勢いでツナグは壁の上を飛び越えた。


「鉄鎖の 《チェーン》……あれ?」


 が、そこには誰もいなかった。辺りを見回していると遠くから声が聞こえた。


「――油断したね。氷柱の爆裂 《アイシクルバースト》」


 その直後、ツナグの背後にあった氷壁が爆音を鳴らして破裂した。


「ぐあああああッッッッッ!」


 ツナグは爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。地面を二転三転してからようやく顔を上げると向こうにヒサメの姿が見えた。


「ツナグっ! 大丈夫っ!?」とリンが心配そうに声を上げる。

「ああ。大丈夫」


 でもヒサメがなぜあんなところに。というツナグの疑問はすぐに自己解決された。


「そういうことだったのか……!」


 氷壁のあった場所から左右に伸びている氷柱の縦波。それは背後に身を隠せるほどの高さがあった。ヒサメはその内の一つに隠れながら移動していたのだ。


 ツナグが気づかなかったのは巧妙に誘導されていたから。追尾性能が低かったのは移動しながらの遠隔操作でそもそも最初から当てるつもりもなかったから。


「名残惜しいけど、決めさせてもらうよ」


 と利き手を掲げるヒサメの頭上には巨大な氷柱が形成されていた。宙に浮くそれは荘厳で強烈な冷気を放っている。


「ツナグっ! やっぱり同期率を上げないと……!」

「……いや、自分でやってみる」


 下がり続けた同期率は今や限りなくゼロに近い。


 試してみたかった。今まで生きてきて何にも熱中できずに何にも満足できずに何者にもなれなかった。そんな自分の心がただ純粋に挑戦してみたいと言っている。


 なら応えてみせようじゃないか、とツナグは両手を前に出した。


 錨鎖の鉄槌なら間違いなくあの巨大な氷柱に対抗できるが今の自分には扱うことができない。残っている自分のスキルで最大出力のものをぶつける。


「ゆくぞ! 望美ツナグ!」


 ヒサメは大きく振りかぶった。連動して巨大な氷柱がツナグめがけて放たれた。


「凍えて砕け散れッ! 氷柱落とし 《アイシクルクラッシュダウン》」


 ツナグは両の掌を巨大氷柱に合わせて、


「貫けッ! 鉄鎖の大槍 《チェーンスピアー》」


 出せる全ての鎖を螺旋状に束ねて一斉放出した。


「いけええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」

「落ちろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 大槍と巨大氷柱が衝突した。強大なその質量に押されて大槍の先端が耐えきれず徐々にひしゃげていく。


「くそッ……! まだだ……ッ!」


 大槍の先端が弾けた。束ねた鎖もほどけたが掌から放出を続けてなんとか押し返そうとするツナグ。だがその放出量にも限度がある。


「ここで……退けるかよおおおおおおおおおッ!」


 限界近くまで鎖の放出をしたツナグ。そのあとに巨大な氷柱が轟音を立てて落下。バトルフィールドを大きく振動させた。


「か、勝った……!」と思わずヒサメが言葉を発した。だがしかし試合終了のゴングはまだ鳴っていない。ということは。

「――ッ!」


 ヒサメはハッとした。


 音が聞こえる。どこかを走るような足音が。


 斜めに墜落した巨大な氷柱。その上を誰かが走っている。


「まさかッ!」


 ヒサメが見上げると今まさに飛び上がった男の影。


「――鉄鎖の 《チェーン》」


 宙で拳を構えた男を見て、


「くッ、氷柱の盾 《アイシクルシールド》」


 ヒサメはとっさに上方へ防御の姿勢をとった。


 しかし拳は振り下ろされない。代わりに射出されて伸びた鎖が氷の盾を無視してすぐうしろの地面に突き刺さった。


 強引な鎖の引き戻しによる高速落下。


 自分より強いのだから真っ向勝負に出るはずというヒサメの直感は外れた。なぜなら今そこにいるのは彼が信じる最強の鎖の使い手ではなく、小細工を使ってでも勝利を狙う持たざる者の本懐。


 ヒサメが振り返った時にはもう遅かった。


「――鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」


 ツナグのその拳がヒサメの顔面を真っ直ぐ捉える。


「おらあァッ!」


 当たった直後に捻りを入れて思いっきり振り切った。


「ぐはッ……」


 手に巻いた鎖の量が少なくても威力は十分。ヒサメの体力ゲージがマイナス側へと振り切れた。


 そこで今度こそ本当に試合終了のゴングが鳴った。


 勝者を示す『YOU WIN』の文字が踊りツナグの前に掲げられた。

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