CHAIN_45 新たな歩み
あれから数日が経った。都大会の本選進出を決めたところで学校内の扱いが良くなるということはなく、例の動画事件やクラッキング事件に関して弄られることが多くなっただけだった。けれど少なくとも部内の雰囲気は以前にも増して良くなった。
部長は本選でどこと当たってもいいように戦略を練っていた。電子ボード上で手を止めては考えてを繰り返している。
レイトは相変わらずだらだらとしている。天気の良い日にはうとうとしながらどこか遠くを見つめていた。その私生活は未だに謎のまま。
リコルは時折笑みを見せるようになった。ツナグに対するきつい当たりは影を潜めて今は毒舌程度になっている。他に変わったことと言えばツナグと目が合うたびに視線を逸らしたり俯いたり顔を赤らめたりとおかしな行動が増えた。
コムギは正式に入部となった。だいぶ部に馴染んでみんなとも楽しくお喋りをするようになっていた。東京都四帝の一人、炎帝・篝火ユリカに強い憧れを持つ彼女は強い女性デントプレイヤーになるべく脳力・筋力トレーニングを最近になって始めた。
ダイナは予選が終わってから練習に練習を重ねていた。いくらか影響を及ぼす身体能力を鍛えるのはもちろんのこと、勉強も脳の活性化に繋がると聞いてからは毎日学校に通ってちゃんと授業を受けている。
「ねえっ! ツナグっ! 人間ってそういう時どうするのっ?」
そしてこのうるさい電脳妖精は平常運転。とにかく『知る』という行為に貪欲な彼女はうんざりするほどの質問を宿主のツナグに浴びせていた。
§§§
「――ねえ、前から気になってたんだけど、その匂いってどうしたの?」
帰り道の途中。アイサはツナグに近づいてにおいを嗅いだ。
「ああ、これか。もらった香水をつけてみたんだ。いい匂いだろ」
「……もらったって、誰に?」
「部活動の先輩に。なんかのお礼で」
「女?」
「そうだけど、なんだよ」
その言葉でアイサの表情が一際険しくなった。
「ちょっと今から生徒会やめてくる」
「おいおい、待てよ。そんなすぐにやめられないだろ」
学校に戻ろうとするアイサをツナグは引き止めた。
「私もデント部に入る」
振り向いたアイサはいじけていた。
「はあ……。たぶんお前には合わないよ」
「そんなのやってみないと分からないよ。ツナグだってそう言うじゃない」
「……まあ、そうだけどさ。じゃあとりあえず今度俺が手ほどきしてやるよ」
「ほんとっ!?」とアイサの顔がパッと明るくなる。
「ああ。だからそんな簡単に生徒会やめるとか言うなよ。みんなお前のことを信頼して仕事を任せてるわけだろ」
「……ごめん。そうだよね……」
「あとお前にはいつも感謝してるけど、そろそろ保護者目線からは卒業しろよ。俺ももうそんなに子供じゃないって」
「……そういうわけじゃないのに」
アイサはか細い声で言った。
ツナグにとっての彼女は兄弟のような存在で保護者的な立ち位置。それは昔から全然変わっていなかった。
§§§
「――や、やあ。奇遇だね」
住宅地に入ったところで二人に声をかける者がいた。
「……はあ」
ツナグはまた厄介なのが現れたとため息をついた。
「あっ、ツナグのストーカー」
アイサは指を差した。
「失敬な。僕はたまたま君たちを見かけて……」
黒縁のサングラスを外して素顔を見せたのは氷天架ヒサメ。
「住民でもない限りこんなところに来る用事なんてあるわけないじゃない」
「……く、君は痛いところを突くね」とヒサメはすぐに観念した。
「ほらやっぱり。ツナグ、行きましょう」
そう言ってアイサはツナグの手を引いた。
「ま、待ってくれ! 僕はただもう一度君と戦いたいだけなんだ!」
「だからあの時言っただろ。また今度なって」
ツナグは振り返って答える。
あの試合のあとにヒサメはその場ですぐに再戦を申し込んできた。その時のヒサメは小さい子供のように大層興奮して氷が溶けてしまいそうな熱気を放っていた。でも疲れていたツナグは「じゃあまた今度な」と丁重に断ってそのまま帰ったのだ。
「今度とはいつだ。明日か明後日か? それとも一年後か?」
「気分が乗った時かな。まあ公式戦で当たったら仕方がないけど」
「それは知っている。だから部活動に専念するために民間のクラブはやめてきた」
それを聞いて驚いたツナグは次に大きなため息をついた。ちょうど少し前に生徒会をやめると言い出したやつを引き留めたばかりなのにどうしてこいつは、と。
「……今思い出しても震えるよ。あんなに痺れた試合はこれまでの人生で一度たりともなかった。だからこそもう一度味わいたいのさ」
真面目な顔で深く心酔するヒサメの姿を見てアイサは気持ち悪いと思った。
「ニュースやマガジンで見た時はかっこいいと思ってたけど……実際はこんなにやばいやつだったのね」
アイサは軽蔑の目で睨みつけた。そのあとツナグの手を半ば強引に引っ張って逃げるように走り去った。
「せ、せめて連絡先くらいは!」
ヒサメはそう声を上げたがもう遅かった。デント仕込みの処理能力もここでは当てにならなかった。
「……僕は諦めないぞ。必ずもう一度君と……」
手を握りしめてヒサメは強く誓った。そして踵を返すとどこからか鐘の音が聞こえた。
それはツナグたちにも聞こえていた。
未だに現存する古い教会。そこで長らく修復工事がおこなわれていた鐘楼の鐘が久しぶりに鳴ったのだ。
「……素敵な音色」とアイサは足を止めた。
「ああ。久しぶりに聞いたな」
「音声検索してみたけど、これカリヨンの鐘って言うんだって! ツナグ! なんでも災いや不幸を追い払う力もあるとか」
かわいそうに、まだその音色の美しさが分からないリン。
この無邪気な人工知能の彼女にもいつかそれが分かる日が来たらいいなとツナグは密かに思った。
昔から新たな門出を祝うためにも使われてきたその鐘はツナグとその周りの新たな始まりを表しているようでもあった。
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