CHAIN_43 氷の帝王 -1-

 今回は一ラウンドのみでフリーの実名戦。公式戦よりも体力ゲージは低く設定されていて気軽に遊べるようになっている。


 両者バトルフィールドに出現。そこは何のオブジェクトも設置されていないシンプルなドーム状の闘技場。純粋に力の差を測ることができる。


 同じ場所。同じ構図。けれどツナグが匿名という名の仮面を被っていた時とは明らかに違う場の雰囲気。向かい合う相手からは一片の油断も伝わってこない。


 その男は淡々とした面持ちで静かに沈黙を破った。


「ちゃんと自己紹介するのはこれが初めてかな。僕は伝新高校の一年生で去年は全国のベストエイトにも入った。これは知っているだろうけど僕のアビリティは氷を司る『アイシクルメイジ』だ」


 彼は丁寧に自己紹介から入り、


「そして最後に忘れちゃいけない僕の名前。氷天架ヒサメ。……これから全力で君に挑む男の名さッ!」


 啖呵を切った瞬間、表情を一変させて構えた。


 来る。


「氷柱の拡散 《アイシクルスプレッド》」


 鍵盤のように展開された氷柱の弾丸が時間差で次々と射出された。


「――ッ」


 速い。共振形態【レゾナンスフォーム】の同期率五十パーセントでもそう感じられる。


 でもすでに経験済みの攻撃は脅威ではない。


 精密予測による回避。それでも被弾しそうな時は鎖の射出・引き戻しによる強引なかいくぐりで切り抜けた。


「ツナグ、同期率は?」

「そのままで!」


 同期率は維持。あの時のようにまた倒れるわけにはいかない。


「さすがだ! ならこれはどうかな!」


 ヒサメの構えが変わった。


「氷柱の白波 《アイシクルウェーヴ》」


 その下手投げに呼応して大きな氷柱の縦波が地面を疾走する。途中で分裂して五つに分かれた。その全てをヒサメが遠隔操作している。だから分かっていても避けにくい。


 以前は被弾覚悟で無理やり突破したがこの男にその手はもう通用しないだろう。


「ならッ!」


 考えたツナグは壁のほうへ一直線に向かった。


「そちらに逃げ場はない!」


 手を振るって波に指示を送るヒサメ。五列の氷波がそれぞれの方向から一挙に押し寄せてツナグは壁際に追い詰められていく。


 数々のデントプレイヤーを悩ませてきたその包囲網は本人の目視により適時微調整が加えられて完全なものとなる。相手のわずかな動作を読み取って予測し、右に左にどの方向へ動いても延々と捕捉を続ける執念深い攻めの手。


「逃さないぞ!」


 背中越しに聞こえる氷が割れて弾ける音。それが徐々に迫ってきた。秒以下の単位で急速に下がっていく現状での回避率。


「あっけないぞ! 望美ツナグ!」


 今まさに壁際まで追い込まれてツナグは逃げ道を塞がれた。しかしそのまま衝突する勢いで走り、直前で大きく跳び上がって壁を強く蹴り、体ごと反転した。


「――鉄鎖の投槍 《チェーンジャベリン》」


 その時、高速で撃ちだされた鎖が投槍のようにしてヒサメの頭上を通過した。それは壁の高い位置に突き刺さり、


「なにっ!?」


 急な引き戻しによって浮き上がったツナグは押し寄せる氷波の群れから脱出した。


 途中で鎖を切り離してヒサメの頭上に落下する。


「――鉄鎖の拳 《チェーンブロー》」


 瞬時に形成した鉄鎖の拳を振り上げて、


「くッ! 氷柱の盾 《アイシクルシールド》」


 現れた氷の盾ごとヒサメを殴った。高度計算による落下運動の重さが乗った一撃。受け止めはしたが鈍い音がして亀裂が入り硝子のように砕け散った。


「隙あり」とツナグは拳の鎖を解除してすぐさまヒサメに差し向けた。

「しまった……!」


 拘束されてぐるぐる巻きになったヒサメはもがく。


「遊べッ!」


 ツナグは鎖を伸ばして勢いよく振り回した。壁や停止した氷波や地面に手当たり次第ぶつけて相手の体力ゲージを削っていく。


 そのあと宙へ持ち上げて激しく地面に叩きつけた。


「ぐはッ……」


 これは初めて戦った時と同じ流れ。もしそれが確かならこのあとに鎖の引き戻しからの溜めの一撃が来る。


 ヒサメのその予想は的中した。攻撃的な鎖の引き戻し。構えた溜めの姿。


 あの時と同じ轍を踏んでなるものか。その思いでなんとヒサメは自身を氷漬けにした。


 そして唱えた。


「――氷柱の爆裂 《アイシクルバースト》」


 氷が鎖ごと勢いよく爆ぜた。それはつまり自身をも巻き込んだ自爆行為。鎖は千切れてヒサメは吹き飛んだ。


 本来の用途とは違う使い方で鎖の呪縛から脱したヒサメは地面に転がったあと少しの間を置いて起き上がった。


「……お前」


 氷帝と恐れられた男の奇策にツナグは度肝を抜かれた。


「ははっ、正攻法で君とまともに張り合えるとは思っていないからね」


 画面の中ではもっとスマートな戦い方をしていた。みんなが盛り上がって異性が黄色い歓声を上げるような。けれど今は汚い泥水の中を這いずり回っても勝ってやるという執念がツナグにもひしひしと伝わってきた。


「……昨日の僕はここにはいない。なぜなら常に明日へと進み続けるからだ」


 ヒサメの雰囲気が一段と大きく変わった。


 ここからが本番。これまでのはただの小手調べだと場の空気が告げた。

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