CHAIN_40 大将シングルス -2-

「……同期率七十五パーセント。正常域クリア」


 ツナグはグッと脚に力を入れて地面を勢いよく蹴り、跳んだ。


「――ッ!」


 トランの視界から消えたツナグは、


「鉄鎖の二連拳 《デュアルチェーンブロー》」


 またたく間に接近して鎖の巻かれた両の拳を打ちつける。


「ぐふッ……」


 顔面への右ストレート。


「がはッ……」


 胸部への左アッパー。


「伝導の 《シグナル》」


 遅すぎた。スキル使用のキャストタイムが処理される前にツナグが蹴り飛ばした。


 受け身も取れずにスクラップの山にぶつかって中に埋もれたトラン。


「……同期率八十五パーセント。正常域オーバー」


 頭に鋭利な痛みが走った。けれどツナグはその手を止めない。


「鎖の機関銃 《チェーンマシンガン》」


 撃ちだされた鎖の弾丸が隙だらけのトランを襲う。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」


 現実なら間違いなく蜂の巣になっている弾丸の雨を浴びてトランはこの試合で初めてたじろいだ。


「……同期率九十五パーセント。極限域アクセス」


 脳を鷲掴みにされるような強い痛み。それでもツナグはその足を止めない。相手のスキルを予測して助走をつけると、


「伝導の 《シグナル》」

「鉄鎖の投槍 《チェーンジャベリン》」


 跳躍しながら大きく手を振り上げて槍を発射した。光の如き速さで真っ直ぐに伸びた鎖はトランを貫通して、


「――がッ!」


 スキルの発動をキャンセルさせた。


「……同期率百パーセント。極限域リーチ」


 脳を握り潰されるような激痛の中でツナグは今一度相手に急接近した。眼前で両手を前方に突きだし体内で螺旋状に束ねたありったけの鎖を、


「穿てッ! 鉄鎖の大槍 《チェーンスピアー》」


 零距離で掌から一斉放出した。


「――ッ」


 声はなかった。男は信じられないと言わんばかりの表情で久しい痛みに耐えていた。大量のスクラップに混じって吹き飛ばされたあと、その人生で一度も目にしたことがないものを目の当たりにした。


 スマッシュヒット。


 数多くいるプロの中でも限られた者にしか許されない特殊な技術判定。


 制限時間残り十秒のどんでん返しにその試合をモニターで見ていた人々は思わず息が止まり硬直して生唾を飲み込んだ。


 時間差で第一ラウンドのゴングが鳴る。それに合わせて硬直していた人々が正気に戻り第二ブロックの場内がドッと沸いた。


 対戦アリーナの彩都高校側では部長の瞳に生気が戻り、コムギが飛び跳ねて、レイトがにやにやしている。ダイナは静かにその手を握りしめて、リコルは思わず見惚れていた。


 無千高校側はしんと静かでモニターを眺めたまま誰もが口を閉ざしていた。あのうるさい顧問もその場に立ち尽くしていた。


 §§§


 選手のために周りの全てが遮断される九十秒間のインターバル。


「大丈夫、ツナグ?」

「……ああ」


 同期率を安全域まで急速に落としてツナグの意識がはっきりと戻ってくる。


「……もし次もフルパワーでいくならどのくらい持つ?」

「今の消耗したツナグなら一時的に上げても持って十秒。スキル使用なら一回ってところね。これ以上はこの私でも保障しきれないわ」

「上等だ」とツナグは不敵に微笑んだ。


 §§§


 いよいよ運命の第二ラウンドが始まった。


「鉄鎖の籠手 《チェーンガントレット》」


 ツナグの両腕を蛇のように鎖が覆って籠手状になった。肘の反対側にあるくぼみ、肘窩は装甲を薄くして可動域を広く保っている。


 トランは近場の廃棄バッテリーを激しく蹴り上げると、


「伝導の切替 《チャンネルコンバージョン》」


 バチッと火花を散らして放電したそれにすかさず刀で触れて属性を切り替えた。刀は電気を帯びてバチバチと発光している。


「伝導の跳躍 《シグナルスキップ》」


 先に動いたのはトラン。構えた直後に雷刀を振るった。指定の位置まで一気に跳ぶその斬撃は確かに相手を捉えていた。


 ツナグは出現位置とタイミングを予測して、


「――はッ!」


 パリィ。その籠手で華麗に受け流した。その際に斬撃の纏った電気が鎖に誘導されて副産物的なダメージ判定が出た。その量はわずか。だがそれは司馬トランという男のしぶとさを表していた。


「このやろう……」


 可能でも無闇に攻撃を受け流すのは得策ではない。そう考えたツナグは方針を変更した。これからは相手の攻撃を避けて避けて避けまくる。当たらなければ問題ない。


 トランは待ったなしに斬撃を跳ばし続ける。それによりデータが収集・解析されていく。従って予測回避が容易になっていった。


「伝導の受け刀 《シグナルレシーバー》」


 回避されることを見越していたかのようにトランは途中で伝導の跳躍を切り上げて受けの構えを取った。


「――そんなものッ!」


 接近したツナグはその手を丸めて上から殴りつけた。鉄鎖の拳には及ばないがそれに負けず劣らずの威力を持つ籠手の拳骨。


「ぐうッッッッッ!」


 受けきれない。あまりのパワーに軋む雷刀。鎖を通した付加効果で電撃を浴びせても釣り合っていない。


「……お前は、いったい何者だ……?」


 トランはその重さに顔を歪ませて問うた。


「俺は……負の連鎖を断ち切る者だッ!」


 振り切れないならいっそ。ツナグは鉄鎖の籠手を解除してその有り余る鎖で刀ごとトランを絡めとった。


「なんだとッ」

「いくぞ! おらァッ!」


 鎖を遠くへ伸ばしてトランを天井近くの壁に叩きつけた。


「がはッッッッッ」

「まだ終わりじゃねえッ! 鉄鎖の投槍 《チェーンジャベリン》」


 鎖を切断した直後に、地上へ落下するトラン目がけて疾風の如く投槍を放った。


 上方へと真っ直ぐに伸びた鎖は男の胸を貫いて壁にはりつけにした。


「……舐めるなよッ! この餓鬼がッ!」


 感情が露わになってきたトラン。力強く雷刀を振るって杭のように胸に突き刺さる鎖を断ち切った。


「鎖の機関銃 《チェーンマシンガン》」


 ツナグは落下予測地点に合わせて鎖の弾丸を連射した。


「伝導の受け刀 《シグナルレシーバー》。うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 トランは受けのスキルでどうにか耐えながら立ち向かってくる。弾丸を受けるたびに刀のテクスチャが剥がれ落ちていく。


「負けてたまるかッ! お前なんぞにッ!」


 その男は体力ゲージが黄色になろうとも闘志を燃やし続ける。刀のテクスチャは全て剥がれ落ちて剥きだしの姿に。


「邪魔させるものかッ! この俺様の覇道をッ!」


 その男は捨て身のような覚悟で徐々に距離を詰めてくる。ゲージは赤色に。刀も己もそのあまりの負荷にブロックノイズが現れた。


 対してツナグは攻撃の手を止めて遠くうしろへ跳んだ。


「逃さんぞッ! 絶対にッ!」

「……リン」の呼び声で同期率が跳ね上がった。


 ツナグは構えた。その手から滝のように流れだした大量の鎖がまたたく間に巨大質量の物体を形成した。


 それは錨だった。アンカーとも呼ばれるそれは船舶を留めておくための船具。見上げるほどに大きなそれには鎖、水底へ投下するための錨鎖が付いていた。


「いいだろう……勝負だッ!」


 その意図を理解したトランは自身も最後の舞台に上がり、


「砕け散れ……伝導の送り刀・総て 《オールトランスミッター》」


 出力最大のスキルを使った。それは居合術による一太刀。刀に蓄積した攻撃を何倍にも増幅して送り返す反動付きの切り札。


「いくぞ……」


 ツナグは錨鎖を引き寄せて錨の輪アンカーリングに手をかけると大きく踏み込んだ。人並外れたパワーとスピードで振り回された巨大な錨は、


「必殺の……ッ! 錨鎖の鉄槌 《アンカーチェーンブレイク》」


 今まさに宙を穿った。


 投擲された錨は夕陽に染まった空間を裂いて停止させるべき者の頭上に投下される。


「ぬおおおおおおおおおおおおおおッ! こんなものおおおおおおおおおおおおおッ!」


 放った最大出力の一太刀。それは爪の先ほど押し返したが、


「いけええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」


 その錨は無慈悲な海神の鉄槌となって全てを押し潰した。


 バトルフィールドが地震のように激しく振動する。観戦モニター上にも大きなノイズが走った。


 機器が正常に戻った時に人々が目にしたのは、二度目のスマッシュヒット判定だった。


 一際大きな音でゴングが鳴り響く。


 最終戦の勝者は、望美ツナグ。


 最後の一ポイントが彩都高校側に付与されて合計三ポイントに。これで本選進出が決定となった。

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