CHAIN_41 もう一つの大仕掛け
「……エクセレント。やはり僕の目に狂いはなかった」
そう言うヒサメの体はガタガタと震えており、
「はは、震えが止まらないよ」
興奮と恐怖のあまりその手はびっしょりと汗をかいていた。
「……か、勝っちゃった。あ、あの、ツナグが……」
アイサは我が目を疑った。自分のよく知っている幼馴染みの姿と違う。そのことがまだ受け入れられずにいる。
どうせ負けて帰ってくると思っていた。その勝利を最初から信じようともしなかった。
私がいないと何もできないんだから。という偏愛ゆえの思い込みは自分の驕りだったと気づかされて打ちひしがれた。
§§§
彩都高校デント部の面々は本選進出の切符を持ち帰ったツナグを大いに祝福した。あのダイナやリコルも勝ち気な性格特有のぎこちない態度ではあったが喜んでいた。
「すみません、ちょっと行くところが」
その言葉にポカンとするみんなを差し置いてツナグはトランのもとへ向かう。
「準備はいいな?」と歩きながら確認をとると、
「オッケー! いつでもいけるわよっ! あともう一つのリクエストについてなんだけどそっちはダメだったわ。司馬トランに関連する情報はなにも」
「気にするな。十分だ」
「でもねでもね、他に面白そうなものを見つけたわよっ! えっとね……」
リンはひらひらとかわいく舞い降りてツナグに耳打ちをした。
「……それでいく。当初の予定通りだ」
「了解っ! 話さなくてもいいように合図は指パッチンねっ!」
「おう」
「……何の用だ? 笑いにでも来たのか?」とトランが振り向く。
無千高校は極めてネガティヴな反省会の真っ最中だった。全員が今にも掴みかかりそうな雰囲気でツナグを睨みつけている。
「まだもう一つの勝負が終わってないからな」
「もう一つの勝負だと……?」
「先に言っておくが、それも俺の勝ちだ」
そう言ってツナグは指をパチンと鳴らした。
「いっくわよー!
試合の前から準備が着々と進められていた大胆人間と悪戯妖精による大仕掛け。
回り始めた舞台装置の歯車はもう止まらない。
「……削除率二十五パーセント……」
「どういうつもりだ、一年坊主。つまらん冗談ならぶっ飛ばすぞ」
トランはツナグの目の前に立った。
「……五十パーセント……」
そこでようやくネクロが異変に気づいた。自分の携帯端末を眺めながら慌てふためく。
「ぶ、部長! ほ、保管サーバーが!」
「なんだと?」
トランは自分の携帯端末を取り出して保管サーバーへアクセスを試みる。
アクセス拒否。管理者権限がないとの表示。
「あっ! 僕の大事なコレクションがああああああっ!」
携帯端末上からも一部のデータが消えていく。ネクロは保管サーバーから情報を引き出したあともそのまま端末上に保存して私腹を肥やしていた。
「……七十五パーセント……」
顧問の男も落ち着かない様子で自身の携帯端末をしきりに確認している。
「……いったい何が起こっている」
トランは状況が飲み込めずに視線をさまよわせていた。
「……九十九……百パーセント。
リンが飛び跳ねてそれを知らせてくれた。
「おまけにもう一つ! ショータイムよっ!」
続けて彼女はさらなる悪戯を敢行した。
第二ブロック全てのモニターが一斉に再起動を始め周辺機器にも異常が発生。暗転して復旧すると同時に動画が流れ始めた。
場所はおそらくどこかの学校。撮影者の廊下を歩く音が聞こえる。途中で画面に入ってきた男を中心に捉えているところからして彼が撮影者のターゲット。
撮影者はその男のあとに用心深くついていく。男はしきりに辺りを見回していて不審な様子。しばらく歩いてどこかの部屋に入った。撮影者は近づいてその部屋の扉に貼られた札を拡大した。
女子更衣室と書かれたその札に動画を見ていた観客の一部から悲鳴が上がった。
そう、これは犯罪の一部始終を捉えた動画。
場面が切り替わって次は誰もいない更衣室の中が映る。その映像がある時点でこの動画の撮影者も罪に問われるだろう。
さきほどと同じ服装の男が更衣室に入ってきた。彼はロッカーを物色しながら視認が非常に難しいサイズの何かを部屋の各所に取りつけ始めた。
動画は途中でその男の顔をはっきりと映しだした。それは無千高校デント部で顧問を務める男の顔だった。
「……トト、トランンンンンンッ! き、貴様あああッ! こ、この俺を揺するネタまで用意してやがったのかッ!」
ひどく動揺した顧問の男はトランに詰め寄って胸ぐらを掴み上げた。
「……放せよ。虫けらが」
トランは冷酷な目つきで顧問の手を強引に引き剥がした。
問題の動画は大会の公式ホームページに埋め込まれていて、勝手にリアルタイムのストリーミング配信をおこなっていた。動画が終わってもまた繰り返し放送されている。
事態を把握した大会の運営サイドが慌ただしくなり会場は騒然とした。
「……いったい何をした?」と問いかけるトラン。
「ただ指を鳴らしただけさ」とツナグはもう一度指をパチンと鳴らしてみせた。その顔色は今にも倒れそうなほどに悪く、背中に大量の汗をかいていた。
「……この餓鬼が。お前のせいで……何もかもが台無しだッ」
とっさにトランは手を振り上げて、その拳をツナグめがけて振り下ろした。
避けられない。立っているのがやっとで体が上手く動かない。
重い一発を覚悟したその時、
「――こいつに手、出すなよ」
と横から手が伸びてきてトランの拳を掴んだ。
「……ダ、ダイナ」
そこにいたのはダイナだった。敵地に一人で乗り込むツナグのあとについてきていたのだ。他の部員たちも遅れてやってきた。
「お前がやったのか?」とリコルがツナグの耳もとで囁いた。
「……さあ。でも先輩が怖がるようなものはもうなくなったと思いますよ」
「それってまさか……」
リコルはハッとして目を見開いた。
「……やばい。もう限界。ごめん、みんな、ちょっと……休ま……せ……」
突然の強いめまいに襲われてふらついたツナグはそのまま意識を失って倒れた。
幸いにもそれを近くにいた部長とリコルが支えた。
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