CHAIN_24 再会

 ツナグ、リコル、ダイナの活躍により彩都高校は二回戦進出決定となった。敗退した出刃具高校の選手たちは不貞腐れていたが、顧問だけは違って部員の無礼を詫びるとともに勝ったことへの祝辞を述べた。


「二回戦進出を祝して乾杯っ!」


 部長の掛け声で部員全員がグラスを掲げた。当然未成年なのでグラスの中にアルコールは入っていない。ただのソフトドリンクだ。


 ここは会場に臨時併設されたビュッフェ形式のレストラン。選手や観客であれば誰でも利用することができる。


 初戦を勝ち抜いた彩都高校デント部は昼食のためにみんなで集まっていた。なんと全ては部長の奢りで、そのせいか試合のあと帰りたそうにしていたリコルも思いとどまった。


「ねえねえ、ツナグ。美味しいってどんな感じなのよ?」


 並べられた料理を選んでいるとリンが不思議そうな顔で聞いてきた。


「うーん。そうだな……」とツナグは頭を悩ます。


 味覚のない人工知能にどうやって味を伝えればいいのか。


「お前、楽しいって分かるか?」

「うん。定義なら。満ち足りた気持ちのことでしょ?」

「そういうことじゃなくてだな。うーん。そうだ。データを集めて学習してる時のことを思い出してみろ。どんな感じだ?」

「……ええと、ちょっとだけ体がハングアップして。ああ、私の中がどんどん拡充していくって感じかしら」

「それだよそれ。そんな感じさ」

「なるほど! ありがとう、ツナグ!」


 そもそも感じるという行為そのものを本当に理解しているのかツナグには疑問だったが喜んでいるように見えるのでよしとした。


 今現在のリンは繋がっているツナグの脳の反応を解析したり、ツナグの目を通した人間の表情筋の差異を感情に関連した言葉に結びつけたりして対応していた。要は人間の真似事をしている段階だった。


「なにぶつぶつと独り言喋ってんだよ。気持ち悪い」


 横からリコルの辛辣な言葉が飛んできた。


「ああ、リコル先輩」と振り向いたらなぜかきつく睨まれた。

「な、なんですか?」


 リコルはツナグの皿を指差すと、


「子供かよ。バランスが悪い。ちゃんと野菜も食え」


 と大盛りの野菜を無理やり皿によそって席へ戻った。


「……へえ、意外と家庭的」


 ツナグは皿からはみ出た野菜を口へ運ぶ。新鮮で美味しい。


 §§§


「次の試合は一週間後。午後から同じブロックの別の試合があって、そこで勝ち上がった高校と当たることになってる」と部長が今後の予定を話した。

有専ゆうせん高校と無千むせん高校だね」


 レイトが携帯端末でトーナメント表をみんなに見せてくれる。


「僕としては有専高校に勝ってほしいけどね」と部長。

「それはどうして?」

「有専高校の中に僕の友達がいるからってこともあるけど。そもそも無千高校はものすごく素行が悪いんだ。顧問もグルになってるからもうどうしようもない」


 部長はツナグの問いにため息をついて答えた。


「あのねえ。無千高校は別名不戦勝高校って呼ばれてて、なぜか相手が試合前によく棄権するんだよ」

「それは偶然じゃないですよね」

「偶然だったらとんでもないラッキー高校だよ」


 とレイトはフォークをツナグに向けた。先端にミニトマトが刺さっている。


「……無千高校って言ったらあいつらじゃねえか」

「ダイナ。お前何か知ってるのか?」

「お前もその時いただろ。喧嘩してたじゃねえか」

「ああ……」


 ツナグは思い出した。河川敷と工場跡。ダイナは同じ男たちに狙われていた。


「あいつら無千高校だったのか」

「ああ。くそめんどくせえやつらだよ」


 その口ぶりから察するに何度も狙われているのだろう。


「強要、恐喝、援助交際、薬物。話題に事欠かないところだよほんと」


 そう言う部長の表情からは嫌悪がひしひしと伝わってきた。


「そんな学校なのによく大会に出場できますね」というツナグの素朴な疑問に、

司馬しばトラン。やつの親が都議会員なのさ」リコルが横から返した。

「司馬トラン。父親は東京都議会員の司馬ソウシ。前職は高等学校の校長先生ね。すでに削除済みの情報が多くてあまりよく分からなかったわ」


 リンがレストランのネットワークを介して調べてくれたが収穫はほとんどなし。昔よりも個人情報に関するデータはさらに取り扱いが厳しくなっている。とはいえどうも胡散臭いというのがツナグの感想であった。


「まあ、どちらにせよ。僕らがやることは変わんないよ。ちゃんとご飯を食べてよく寝てほどほどに練習して遅刻しないようにするだけ」


 普段からのんびりしているレイトのその言葉はなぜか強い説得力があった。


 §§§


 昼食を終えて会場から出ようとしたツナグたちは立ち止まって一斉に振り向いた。


「――とうとう見つけた」


 うしろからぜえぜえと息を切らした男の声がしたからだ。


「……氷天架ヒサメ」静かに呟くツナグ。

「確証はない。けど君以外には考えられない」


 ヒサメは一歩一歩ツナグへ歩み寄っていく。その周囲は別会場にいるはずの有名人がなぜこんなところにいるのかとざわついていた。


「あの時の鎖の使い手。君なんだろう?」


 男が今まさに目の前にいる。夢物語のような戦いをともにしたあの男が、そう語りかけてくる。あれは確かに本物だったのだ。


 けれどここで答えてしまったら本当に夢になってしまうような気がした。


「……あの時っていつのことだよ。そもそも初対面なのにさ」


 だからツナグは答えをごまかすことにした。


「嘘だ。君はあの時あのデントセンターにいたはずなんだっ!」

「まあ人違いってよくあるし気にしてないけど」

「そんなはずはないっ! 僕は君の試合を見ていたんだ。その動き、その機転、その強さ、あの時の彼に驚くほどよく似ていた」


 メディアや試合で目にするヒサメはいつも冷静沈着で、このように熱く声を荒らげる姿は非常に珍しかった。


「この際、君が偽物か本物かはもうどうでもいい。ただもう一度だけ僕と戦ってほしい」


 熱く迫ってくるヒサメに対してツナグは、


「……今は予選に集中したいから。それが終わったあとならいいけど」


 少し言葉を濁すような感じで返した。


「分かった。じゃあその時まで待っている」


 ヒサメはうなずいて踵を返した。


 すでに周りは人だかりで、大勢のファンがヒサメを囲うようにしてついていった。


「ツナグ君。氷帝と知り合いだったのかい?」


 ぼうっとした顔で問いかけてきた部長。


「氷帝?」

「東京都四帝のうちの一人。氷帝・氷天架ヒサメ」

「あいつそんなふうに呼ばれてるんだ」

「東京都四帝とは。牡丹一華ぼたんいちか女子高等学校の炎帝・篝火かがりびユリカ。雷火らいか高等学校の雷帝・鳴上なるかみシデン。神ヶ丘かみがおか高等学校の天帝・天魔てんまカケル。そして伝新でんしん高等学校の氷帝・氷天架ヒサメ。ビックリ! みんなツナグと同じ一年生なのね!」


 リンの調べで他にもとんでもないプレイヤーが同年代にいることを知ったツナグ。


「本選になったら避けては通れないんだけど、できればすぐには当たりたくないよね。ハハハッ」


 そう笑ってはいるがそれが部長の本心だった。

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