CHAIN_25 思わぬ来客

 家に帰ると玄関に見知らぬ靴が並べてあった。デザインとサイズからしておそらく大人の男性。誰だろうと思いながらツナグは靴を脱いで居間へと向かう。


「ただいまー」

「ああ、帰ってきた。この子が私の息子よ」

「……君はあの時の」

「あっ……」


 目が合った。その瞳に映っているのはトークイベントの時に会ったプロデントプレイヤーの良川ナツキだった。


「あの時のっ!」とリンは声を上げてナツキの周りを飛び回っている。

「……なに? 二人とも顔見知りなの?」


 ツナグの母アカリは目を丸くした。


「ええ、ちょっと。この前のトークイベントの時に」

「あらあ、そうだったの。全然知らなかったわ」

「実はここへ訪れたのも彼の顔を見てミツルさんのことをふと思い出したからなんですよ。なるほど。血縁者だったのなら似ていてもおかしくはないか」

「え、なになにっ!? ミツルっ!?」


 ミツルの一言にリンは異常なほど反応して興奮状態になった。


「爺ちゃんのこと知ってるんですか?」

「幼い頃にね。その時に何度か君のお母さんにも会ったんだよ」

「そうね。今でもよく覚えているわ。たまにお父さんにくっついてきてたわね」

「父は困ったことがあったらよくミツルさんに会いにいっていました。元々ミツルさんとは曽祖父の代からの付き合いと聞いています。祖父もミツルさんの話をしていました」


 子供の頃の記憶を遡ってみると、祖父母の家に行った時たまに知らない人がいたことがある。それはナツキの父親だったのかとツナグは納得した。


「二人で話してるのを何度か立ち聞きしたことがあるけど、私には何のことかさっぱりだったわね。難しい単語ばかりで」

「父が言うにはミツルさんは人工知能の研究をしていたそうです」

「……人工知能」

「もしかして私のこと?」とリンは嬉しそうに自分を指差した。

「たとえばどういう感じの研究だったんですか?」


 ツナグは知りたかった。リンがどういう経緯で生み出されたのかを。


「興味あるかい? そうだね。父からの又聞きで私も詳しくは知らないんだけど、テーマは人間と人工知能の一体化だったかな。要は人間と人工知能が合体したらもっと可能性が広がるんじゃないかって」


 それを聞いてツナグの心臓はにわかに鼓動を増した。リンは「ツナグ、大丈夫?」と瞳を覗き込んでくる。


「それって可能なんですか?」

「理論上はおそらく。でも実際にそんなことをしたら過剰な処理能力の要求で人間の脳が熱暴走を起こして最悪死ぬんじゃないかな。仮に制御・安定化できても肥大化していく人工知能に人間側が耐えられないと思うんだよね」

「…………」


 恐ろしい言葉の羅列にツナグは言葉を失った。


「そもそも前提として異物としての人工知能を受け入れられるだけの許容が人間側にないといけないし。もしも器としての素質があるならそれは才能、いやもはや運命と言っても過言ではないと思う」


 そう話していてツナグの異変に気づいたナツキは「大丈夫かい? 顔色が悪いけど」と気遣った。


「……あ、はい。大丈夫です」と返したものの元気がない。

「風邪でも引いたのかしら」とアカリはツナグの額に手を当てた。

「母さん。疲れたからもう部屋に戻るよ」

「あら、そう。なら晩ご飯になったら呼ぶわね」

「分かった」と返事をしたツナグは、

「すみません。お話ありがとうございました」


 ナツキに軽く礼をして自室へと戻った。


 §§§


「……ツナグ。私のこと嫌いになった……?」


 光学迷彩で見えなくなっただけで確かに存在する指輪。それを外そうとするツナグを見てリンは悲しそうにしていた。


「……そうじゃねえよ。別にお前が悪いわけじゃないし。でも死ぬかもしれないって言われたら少しは考えるだろ」


 ベッドの上でナツキの言葉を思い起こすツナグ。まさかあんなことを言われるなんて予想だにしなかった。


「私が上手くやれば大丈夫よ!」

「かもな」


 事実今のところ体に大きな異常はない。疲れやすくなったり食事の量が増えたりする程度だ。


「それに私を創ったのはミツルよ! 大丈夫に決まってるじゃない!」

「……確かに、そうだな」


 自分の信じる祖父が残した発明品。たとえ未完成だったとしてもきっとそれが悪い方向へいくはずはないと幾ばくかツナグの心は軽くなった。


 §§§


「今日は本当にありがとうございました。息子さん、ええとツナグ君でしたっけ。にもよろしくお伝えください」

「はい。またいつでもいらっしゃい」

「お邪魔しました」


 望美家を出たナツキは道を歩きながら、


「……ミツルさん。あなたはきっと備えていたはずだ。いずれ来る暗黒の日々の再来に」


 ふと空を見上げて独り言を呟いた。

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