CHAIN_12 新入部員、そして駆け引き

 寝て起きるとあっという間に週の始めがやってきた。いつもなら憂鬱だが今日は先週勧誘した女の子が体験入部に来てくれるのでツナグの気分はすこぶる良かった。


 半信半疑の部活メンバーとともに待っていると、約束通り彼女は部室にやってきた。


「あの、こんにちは。体験入部の件なんですが」

「ありがとう! ちゃんと来てくれたんだ」

「はい。ちょっと迷ってしまいましたが無事に来られました」

「僕は部長の須磨ケイタ。ええと君の名前は?」

「一年の加瀬かせコムギです」

「コムギ君か。よろしく。こっちは多部レイト。向こうが能登リコル」

「君を勧誘した俺が望美ツナグ」

「そしてさらにツナグのスーパーバイザーをやってるこの私! リンよ!」


 格好良くポーズを決めるが当然ツナグ以外誰も見ていない。


「みなさんよろしくお願いします」


 たどたどしく挨拶をするコムギ。小柄でボブカットの彼女は大人しめの性格のようだ。


「参考までに教えてほしいんだけど、体験入部の決め手はなんだったんだい?」

「最初はまた同じ人がいるなあってくらいで。でも周りから無視されても酷いこと言われても募集を続けてる姿を見ていたら不思議と勇気が出てきて。それで私も何か頑張ってみようかなって思ったんです」


 部長の問いにコムギはそう答えた。


「そうだったんだね。ツナグ君、ごめんね。正直半信半疑だったよ」

「いいですよ別に。それにまだ一人足りないですから」


 デントが強いと噂の不良。なんとか彼を勧誘できれば六人になる。アイサ情報によると確か名前は滝本たきもとダイナ。


 部長は初心者のコムギにデントの説明を始めた。ツナグもまだ初心者なので横で一緒に聞いていた。


 コムギは体験入部ながらも大会への参加を承諾。フルメンバーで大会参加というパズルのピースが一つ埋まった。


 §§§


 ツナグは勧誘活動を理由に部活を途中で抜けだして例の工場跡へと向かった。アンダーグラウンド感のある路地を抜けていくが人の気配はない。


 元々その場所は超小型ドローン関連機器メーカーの部品工場で約十年前に原因不明の火災で焼け落ちた。死者は三名。当時は地元メディアによって大々的に報じられた。


 それ以降取り壊されることも建てなおされることもなく廃墟化が進んでいる。


 靴裏で割れたガラスの音が鳴った。内部に踏み込むと想像以上に荒れていた。散乱した煙草の吸殻に放棄された缶や瓶などの生活ゴミ。落書きだらけの壁。半分ほど屋根はなくなっていて夕焼け空が見える。


 そんな中でパーカー姿の男が缶コーヒー片手に壊れかけのパイプ椅子にもたれかかっていた。


「ここに滝本ダイナってやつがいるって聞いてきたんだけど」

「……俺のことだが。喧嘩ならあとにしてくれ」


 目の前にいる男がその本人だった。


「喧嘩じゃなくて勧誘に来たんだけど。うちの部に入ってくれないか?」

「興味ねえよ。……ん、どこかで見たツラしてんな」


 横目でちらりとツナグの顔を確認したダイナ。


「あ、昨日河川敷で喧嘩してたやつ」


 そこでツナグも気づいた。リンが照合率九十八パーセントと言っているので間違いなくあの時の男だろう。


「で、お前はそれを邪魔しにきたやつ」

「よく覚えてるじゃん。俺は望美ツナグ。同じ高校の一年。強いって噂を聞いてうちの部に勧誘しに来た」

「強いのは噂じゃねえ。だからあちこちからハエみたいに寄ってきやがる」

「ならなおさらうちの部に来てほしい」

「断る。気分じゃねえ」

「じゃあその気分になるまでここにいる」とツナグはその場に腰を下ろした。

「勝手にしろ。後悔しても知らねえからな」


 何の後悔なのかその時はよく分からなかったが、うしろからぞろぞろと昨日の男たちが現れてようやく意味が分かった。今度はみんな武器を持っている。


「おい、ダイナ。昨日はよくもやってくれたじゃねえか」

「素手じゃ勝てないからママにおもちゃでも買ってもらったのか」


 圧倒的に不利なはずなのに立ち上がって煽るダイナ。見た目からして短気な彼らは激怒して一斉に襲いかかった。当然のようにツナグも巻き込まれる。


「リン! 頼むぞ!」

「うん!」


 素の状態じゃ勝てる気がしないのでリンに力を貸してもらって応戦する。洗練されたダイナの体捌きと違ってやはりツナグの戦い方は泥臭い。それでも着実に正当防衛の範囲で一人ずつ減らしていった。


「なんだよこいつら……化け物かよ……」

「ダイナもやばいがもう一人もやばいぞ」


 武器を以ってしても太刀打ちできないことに気づき始める男たち。その時たまたま金属バットがダイナの頭部に直撃した。


 ダイナはよろけたが後ろ足で踏ん張って睨みつけると、


「こんなおもちゃごときで俺が倒れるかよ」


 こめかみ辺りから赤い血を垂らしながら殴った相手を思いきり殴り返した。その怒りの形相を見た男たちは震え上がり、一人、また一人と武器を捨てて逃げ去った。


 §§§


 全員を追い払って最後の一人が視界から消えた瞬間、ダイナはその場に膝をついた。


 やはり相当無理をしていたのか辛そうに浅い呼吸を繰り返している。


「おい、大丈夫かよ」とツナグが手を貸そうとしたがダイナはそれを払って拒んだ。


 つい最近似たような出来事があったなあ、とツナグ。どうしてこの手の人種は人の手を借りるのを嫌がるんだろうとため息をついた。


 ダイナは自力で立ち上がるがよろよろとしていて足もとがおぼつかない。さきほどの頭部への衝撃で脳震盪を起こしているように見える。


 ツナグは嫌がるダイナの肩を担いで一緒に歩く。


「念のため病院に行くぞ」

「うるせえ。なんともねえよ。邪魔するな」とは言うものの力なくふらついている。

「最寄りの病院を検索するわね!」


 ツナグはリンの指示に従ってダイナを病院まで引っ張っていった。


 §§§


 病院に到着して事情を説明すると急を要する可能性があるとのことでダイナはすぐさま診察室へと運ばれた。


 ほどなくして頭に包帯を巻いたダイナが戻ってきた。


「だからなんともねえって言っただろ」

「結局なんだったんだよ」

「軽い脳震盪」

「なんともあるじゃねえか」

「こんなのかすり傷と変わらねえよ」と言ってダイナは誰かに電話をかけた。

「ツナグ、とか言ったか。明日、俺とサシで勝負しろ。もしもお前が勝ったら入部してやるよ」

「本当か!?」

「明日の放課後、校門で待っとけ」

「絶対だぞ」


 ツナグが念を押すとダイナは軽く手を振ってそのまま病院から出ていった。


「よし! やってやるぞ!」


 デントでの戦いなら自信がある。ダイナがどれほど強いかは未知数だが勝てない相手ではないはずだ、と。


「リン、明日は頼むぞ!」

「ええ! もちろんよ!」


 ツナグは小さな電脳の妖精とハイタッチして明日に備えた。

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