CHAIN_11 バカとバカ

 日曜日の午後。ツナグはカフェでアイサに課題を手伝ってもらっていた。


「ねえ、前からずっと気になってたんだけど、その指輪ってどうしたの?」

「あ、これ? ええと、ファッションだよ」


 不意にリンの指輪を指摘されてツナグはどもった。


「私よ!」とリンは自己主張するがアイサに聞こえているはずもなく。

「あやしい」

「あやしいも何もないだろ」

「どういう意味があるのそれ」

「だから言ってんだろ。ただのファッションだって」

「ふーん」


 この顔は全然信じていない。


「本当のこと言わないともう教えないよ」

「いや、ちょっと待てよ。そんな怒るほどのことか? ただの指輪だぞ? 気にしすぎだろ」

「気にもなるよ。だって……交際中っていう意味かもしれないじゃん」

「はあ? なわけないだろ。 第一どうしてお前が俺の交際状況を気にするんだよ」

「…………」


 アイサは黙りこくってしまった。


 ツナグは渇いた喉をアイスコーヒーで潤して、


「もしかしてアイサ、俺のこと好きだったりする?」


 冗談まじりにそう言ってみた。するとアイサは高速で首を横に振った。


「な、なわけないでしょ! ツナグが彼氏だなんてありえないっ! 私にだって好きな人の一人くらいいるわよ!」

「なら俺に彼女がいたところでなんの問題もないだろ」

「あ、あれよ。もしツナグに彼女がいたとしてこの二人きりの状況は誤解を与えるかもしれないでしょ。だから気にしてたの」

「そういうことかよ。なら最初からそう言えって。こっちからしたら謎だったぞ」

「人間の言動って不可解ね」とリンもそう言っている。


 納得したツナグはアイスコーヒーを飲み干してトイレに行った。


「……はあ。私の、大バカ」


 残されたアイサはテーブルの下で自分の膝を強く握りしめた。


 §§§


 トイレから戻ったあとのアイサはいつも通りのアイサだった。要領よく説明してくれるのでツナグの課題は順調に進んだ。


「ねえ、この前ツナグが言ってた新入部員の話なんだけど」

「ああ。誰か見つかったか?」

「うん。同じ学年で一人強い子がいるって。でも……」

「でもやばそうなやつ、とか?」

「そう。入学早々喧嘩ばかりして上級生にも目をつけられてるみたいなの」

「……曰く付きの部活の次は曰く付きの生徒か。まあ、いいよ。他に情報は?」

「学校近くに工場跡があるでしょ。その辺をよくうろついてるって聞いたけど」

「あとでちょっと行ってみるか」

「やっぱりそう言うと思った。ダメよ。柄の悪い生徒の溜まり場になってるとも聞くし」

「大丈夫だって。もし危なそうならすぐ帰るから。それに色々言われてるそいつだって」


 本当は違うかもしれないとツナグが次の言葉を発すると同時に、


「実際に話してみないと分からないだろ」

「実際に話してみないと分からないだろ、でしょ」


 アイサは全く同じ言葉を被せてきた。


「俺のことよく分かってんじゃん。幼馴染」

「十数年来の付き合いを舐めないでよね。あんたのことはよく分かってるんだから」


 §§§


 カフェでの勉強が終わったあと、ツナグは下見がてらに散歩もかねて一人で例の工場跡へと向かった。


「ねえ、ツナグ。何あれ」


 リンが指差す途中の河川敷がなにやら騒がしい。様子を見にいってみると、男たちが喧嘩をしていた。ただの喧嘩ではなく一人の男に対して他の全員が群がっている。周りの野次馬はというと携帯端末片手に写真や動画を撮っている。止めに入る様子は毛頭ない。


「役に立たねえやつら!」


 そう吐き捨ててツナグは喧嘩中の集団に割ってはいった。四面楚歌状態の男は体格が良くバスケットボール部なら間違いなくエースになれるであろう逸材。


 男は戦い慣れているのか次々とかかってくる男たちをいなしていた。


 ツナグがその男と背中合わせに立つと、


「誰だお前?」と当たり前のことを言われた。

「助太刀に来た」

「バカか。今すぐ失せろ。これは俺の喧嘩だ」


 男は背中越しに余計なお節介をつっぱねた。


「リン。いつものアレこっちでもできるか?」

「やってみる!」


 けれどツナグはそのまま現実世界で共振形態【レゾナンスフォーム】への移行を試みた。仮想世界上とは少し違う感覚に戸惑ったが、リンのゴーサインが出た。


「いくぞ」


 集中すると相手の動きが止まっているように見える。喧嘩慣れしていないので野暮ったい戦い方と言わざるを得ないが、一人、二人、とダウンさせていく。全員を倒すよりも先に相手側が怖気づいて次々退散していった。


 最後の一人が逃げたところでリンは共振形態を解除。ツナグの体にドッと疲れが押し寄せてきた。


「……あまり使うべきじゃないなこれ」

「大丈夫、ツナグ?」


 男はというと脱ぎ捨てた上着を拾って何も言わず立ち去った。


「あ、行っちゃった」

「いいよ、別に。俺が勝手に乱入しただけだしな」


 ツナグは服についた土埃をはたいて、


「家に帰るか」

「あれ、工場跡に行くんじゃなかったの?」

「疲れたよ。また今度」


 不良の溜まり場と言われる工場跡に行ったらまた絡まれるかもしれない。一日に二度絡まれるのはさすがにごめんだ、とツナグは帰路についた。

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