CHAIN_10 トークイベント
待望の週末。未だカーテンで朝の日差しを遮りツナグは布団の中で丸まっていた。
「ねえ! お出かけしないの?」
「あとでな」
「もう十時なんですけど!」
「疲れてんだよ。もうちょっとくらい寝かせてくれ」
疲れ知らずの人工知能と違ってツナグは人間。精神的に長い一週間を送ったせいかいつもより疲れていた。
「いちいち睡眠を取らないとまともに動けないなんて人間って面倒ね」
「お前だってスリープモードくらいあるだろ」
「あるわよ。でも人間みたいに毎日しっかりやらないとパフォーマンスが著しく落ちるなんてことはないわ」
「はいはい。人工知能様は人間よりも素晴らしいですよ。そもそも最近疲れるのはお前のせいなんじゃないかって。お前は俺に寄生してるわけで、宿主の俺がお前の分のエネルギーも肩代わりしてるって考えてもおかしくはないだろ」
「むう! また寄生虫扱い!」
「寄生虫思いの宿主はエネルギー補給のために寝るのでした」
そう言ってツナグはもう一眠りした。頭の片隅でリンがぶつぶつと文句を言っていたがそれも気にならないほどまだ疲れていた。
§§§
お昼過ぎに起床したツナグは遅めの昼食をとってから練習のために最寄りのデントセンターへと向かった。
そこは元々誰も来ない公民館だったところを業者が買い上げてデントセンターへと改築した。おかげで今はデント好きの溜まり場となっている。
「へえ、今日はイベントやってるんだ」
今日は現役のプロデントプレイヤーによるトークイベントがおこなわれていた。そのせいかいつもより人で賑わっている。
覗いてみるとすでに席は埋まっていたが立ち見ならできそうだった。興味をひかれたのでツナグは見ていくことにした。無料なので。
今日来ているプロの名前は
「それではここで最初の質問コーナーへと移ります。質問がある方は挙手のほうお願いします」
司会者がそう告げると多くの手が挙がった。プロ自身がその中からまず一人目を選んだ。
「ファンです。昔からずっと好きでした」
「ありがとう」
「それで、好きなタイプの女性とかはいますか?」
「うーん。そうだね。芯の強い女性かな。私一人では打ち勝てないような困難でもそばで一緒に戦ってくれるような」
「じゃあもし私が強いデントプレイヤーになったら一緒に戦ってくれますか?」
「もちろん。その日を楽しみにしているよ」
最初はよくある女性ファンの質問。
「将来はプロになりたいんですが、正直女の子からモテますか?」
「強くなればなるほどモテるよ」
「休日は何をしていますか?」
「ジムで運動やスパで休息かな。意外と休日はデントやらないんだよね」
ばつが悪そうにはにかむナツキを見て客席で笑いが起こる。
つまらない質問が続く中、次に当てられたのは記者風の男だった。
「フリーランスで記者をしている
司会者が割って入ろうとしたがナツキがそれを制した。
「私自身直接運営に関わっているわけではないので正確な額は分かりませんが、政府から補助金を受け取っているのは事実です。ですがそれはデントが世界的にも注目を集める最先端のスポーツだからではないでしょうか。デントは老若男女から身体に障がいのある方まで楽しむことができますからね」
ナツキの真摯な対応に拍手が起こった。
「じゃあ、未知のマルウェアに」
「質問はお一人様につき一度限りとなっておりますので」
司会者は強引に中断させて草壁を座らせた。
少し場の雰囲気は悪くなりそこからは都市伝説のような質問も飛び交った。
「プロになった人たちが次々と失踪しているっていう噂があるんですけど本当ですか?」
「ははは、ただの噂だよ」
「プロになった人にしか見られない世界があるって本当ですか?」
「そうだね。登山と一緒だよ。麓から見るのと頂上から見るのでは景色の見え方が違うだろう?」
「謎の組織が電脳世界を牛耳っているって噂、信じますか?」
「馬鹿馬鹿しくて信じていないね」
「ユースプレイヤーで注目している人はいますか?」
司会者はようやく普通の質問が来たということにほっとしていた。
「うーん。難しい質問だね。しいて名前を挙げるとすれば、氷天架ヒサメ君かな。彼のポテンシャルはすごいと思う。将来が楽しみだよ」
またあいつか、と少々うんざり気味のツナグ。
「――あいつそんなに強くなかったけどなあ」という独り言が運悪く周りに拾われて会場がざわついた。それは伝言ゲームのように壇上にいるナツキまで届いた。
「そこの君。氷天架ヒサメ君のことそんなに強くなかったって言ったそうじゃないか。もしかして対戦したことがあるのかい?」
「ええ、まあ。一度だけ」
「それは興味深いね。実は私は彼と一度も手合わせしたことがないんだよ。勝つためになにかいいアドバイスはあるかな?」
ナツキの言葉に会場が笑いで包まれた。
当然だ。誰も信じていない。ここにいる全員が面白がっている。ホラ吹きの子供がからかわれたくらいにしか思っていない。
居心地が悪くなりツナグはそそくさとその場をあとにした。
「なんだよあいつら。何も知らないくせに。なあ、リン」
声をかけるが返事がない。その姿も見当たらない。
「おい、リン?」
そういえばトークイベントの間、一言も喋らなかった。
「おい、聞こえてるか?」
「……あ、ごめん!」
三度目の正直でやっと返事が返ってきた。見慣れた顔がひょっこりと現れる。
「何やってたんだよ」
「さっきのプロの人、どこかで見たことがあるなあってメモリーを検索してたのよ。でも何も見つからなかったわ」
「なんだ、そんなことか。気のせいだろ」
人工知能に気のせいという言葉を使うのは適切なのかとツナグは一瞬考えたが、すぐに馬鹿馬鹿しいと一蹴して本来の目的であるデントの練習を始めた。
§§§
イベント終了後。イベンターの男がナツキの待機室を訪れた。
「良川プロ。お疲れ様です。今日は本当にありがとうございました。途中少しひやひやしましたけど結果的に大成功でしたね」
「あの手の質問はよく来るからね。もう慣れているよ」
「それにしてもあれは傑作でしたね。氷天架ヒサメはそんなに強くないって言った子。イベンターとしてはもっと掘り下げるべきでした」
「ああ、あの子か。あの子には悪いことをしたな。まじめにアドバイスを求めたつもりが明後日の方向へ向かってしまった」
「まさか本気で信じてるんですか? 嘘に決まってるじゃないですかあんなの」
「でも私にはあの子が嘘を言っているようには見えなかったな。まあ、いずれにせよ時が来れば自ずと答えは出るだろう」
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