ボイスロイドと今の世界

「おっ、やってますね。だいぶお勉強が進んだようで何よりです」

「おおっ、それはクッキーとやらか!うまそうだ!くれ」

「紅茶と一緒にどうぞ。まあ食いながらでも話しましょう」


花屋がテーブルにクッキーの皿と紅茶を出した。

うむ、うまい。この時代のものは何でも甘くて味が濃いな!うまい。

花屋がスマホとやらでこっちを撮る。あれがしゃしんというやつか……妙な感じだ。


「なんであたしを撮るんだ?」

「こりゃあスマホで遠くの医者に様子を送ってるんです。

魔法科学のおかげでスマホでCTスキャンが送れるんですから便利なもんですよ」


朝日の降り注ぐリビングに紅茶とやらの甘い香りがする。

これは……茶に牛の乳か……?


「とするとあたしの骨身まで見えてるのかそれは」

「見るのはお医者だけですがね。アタシにゃ見えてません。骨身なんざ見て面白いもんじゃないですし」


そう言うと花屋はスマホで通話を始めた。

うーむ、ビデオで見ただけだが、電話を使うというのはそういう感じなのか。

なんとも不気味だな……


「……はい、ああはい。そうでやすか。どうも」

「どうだった?そもそもなんで医者なんか」

「300年封印されてましたからね。飯食えるかどうかもわかりませんし、念のためですよ」


なるほどつまり医者が良いと言えば飯が食える!


「で、どうなんだ!?」

「健康そのものだそうで。昼には買い物がてらなんか食いに行きましょうか」

「おお!それはすばらしいな!……しかしその、あたしには金がないんだが」


クッキーは紅茶の素晴らしい香りに溶けて口の中で消えた。

ううん、そういえば何もかも金の面では世話になりっぱなしだなあ……

早く働かなければ。


「今はかまいやせんよ。後で七面倒くさい手続きをすれば役所から金が出ますから」

「しかし、いつまでも立て替えてもらっていてはいかん。昨日あたしに働き口を世話するって言ってたよな?」

「そう!それについて話しましょうか」

「お、おう」


これは真剣な話になってきたぞ……



「さて、失礼ですが学もないし手に職もないとなりゃあ稼ぎ口はだいぶ減りやす」

「まあそうだろうな」


返済計画は厳しい物になるのだろうか……

裸足にふろーりんぐとやらの板が冷たい。


「まっとうに手堅く稼ぐなら荷揚げ屋か引っ越し屋。

力自慢の鬼なら誰でも出来るし、手堅いです。稼ぎはよくありませんが」


荷揚げ屋とはなんだろう……たぶん荷物とかを運ぶ人足の類いだな。


「力仕事なら得意だ!だが、稼ぎが少ないんじゃなあ……金が返せない」

「金払いがいいってんなら期間工ですかね……こないだ乗った車とかを作る仕事です。ですが面倒だし重労働だ」


あんなカラクリが作れるだろうか?教えてもらえるのだろうか……教えられても解る気がしない。

だが、ここまでもったいぶるからにはきっと何かいい稼ぎ口があるのかもしれない。


「あんなとんでもないカラクリが作れる気がしない……

な、何か隠してるのがあるんだろう?心音で解るぞ!」

「お?意外な特技がありますね。よしきた、まさにそういう打って付けの職がありやす。

学も技もいりません。身分も問われません。腕っぷしさえあればいい!」

「おお!」


しかしそれは兵士とかの類いではないのだろうか?

まあ、それはそれでいいんだが。

そう思ってるとスイとチラシが置かれた。


「冒険者・探索者募集?」

「そうです。世界内戦で次元干渉魔導兵器が使われたのは見たでしょ?」

「ああ……あのよく分からん爆弾みたいな」

「そうです。それでどうも妙な事になっちまった場所がたくさんありましてね」


「ビデオ」の一説を思い出す。

たしか、人間に敵対する妖怪達が使ったものだ。


「妙な事?」

「異界とつながっちまうんですよ。黄泉の国って言やあ良いんですかね。

あれが落っこちた場所はこの世の物じゃない生き物やら遺跡やらがわき出てきたり……

時の流れがおかしくなったり、空間がねじれたり。とにかくなんでもありの魔境になったんですよ」


待てこの話の流れではあたしがそこに行くような感じじゃないか。


「待てそこに行けというのか」

「まあそうなりますね」

「なんで好き好んでそんな人外魔境に行かねばならんのだ」

「そりゃもう。何があるかわかりゃしない場所だからこそ、貴重なモンがわんさとあるんですよ。いわば現代の金鉱でさあ」

「金が出るのか!」


なるほど話が見えてきた。その危険な場所でお宝を取ってこいと言うわけだな!


「金よりも高いモンが出やす。たとえば昨日飲んだ薬の原料。

あれの非時香実みたいな薬草や金銀財宝の類い」

「金銀財宝」

「めずらしい生き物は生け捕りにして売りさばいても良いし、肉や骨も捨てるところがありやせん。

他にも遺跡から出る珍しい道具とか。孫悟空の如意棒とかみたいなもんですね」

「仙人のお宝か……」

「他にもそこに住んでる異界の連中と交渉して知恵を借りたり」

「異界の者」


うーん面白そうだ。つまり孫悟空や浮世草紙の主人公みたいに摩訶不思議な異界を冒険するのか!


「つまり一攫千金か!面白そうだ!」

「でしょう。やる気になりましたかい?」

「しかし、危ないし必ずしも見るかるとは限らんのだろう?」

「ま、そこは上手く出来てましてね。最初のうちはもう見つかってる場所で金鉱掘りの人足やら護衛。

慣れてきたら未開の地で基地建設。最後に全く前人未踏の場所を探索する先遣隊ってなもんですよ」


なるほど最初は簡単で安全な場所からか。それなりに考えられてるんだな……


「なるほど出来る気がしてきた!」

「危険手当が必ず付くんでお給料も良い。どうです?」

「やってみる!」

「そうこなくっちゃ」


あたしの頭はすっかり未知の冒険に彩られていた。



しかしそれから数日は手続きだらけだった。


「では最後に『人権申請宣言』をします。この宣言を行うとあなたは人間として扱われます。

当然、人間として法律を守り、破れば罰されるのはもちろん、納税の義務も発生します。よろしいですか」

「ああ、わかったわかった」


役所らしき白い建物では河童が書類を何枚も書いていた。


「ではこの文言を読み上げてください。わからなかったら私が言います」

「えー、何々。『この私白部童子は人間として扱われることを主張し、同意します』こうか?」

「大変結構。ではこれはあなたのような身一つでこの世界に放り出された人への補助です」


スマホと10万円!これはありがたい……


「住んでいる場所はすでにお世話になっている方がいるそうなので省略しますが、必要ならばいつでも用意します」


カウンターの上には箱詰めされた小さなスマホと封筒に入った現ナマの10万円がある。

河童は手早く必要書類を封筒に詰めてあたしに渡した。


「わかった。いやあ便利なものだな!」

「我々妖怪互助組織『八百万』はいつでもあなたのご相談に乗ります。では良い一日を」


八百万とは妖怪の役所らしい。働いている者はみなどこかで見た妖怪ばかりだった。

あたしは建物の外で待っていた花屋に声をかける。


「おーい花屋!スマホとお金をもらったぞ!いやあ最近の役所とはありがたいものだな!」

「大事に使いやしょうね。まだあたしに返さなくていいです。

とりあえず電車に乗ってイオンにでも行きましょうか」


電車か。あの人がいっぱい乗ってる箱だな。


「電車か……ああいう乗り物は苦手だなあ」

「東京に住むうえで必須ですからねえ。この際に覚えましょうや」


カードマネーを買ってそこに千円を突っ込んでチャージ。

なかなか理解しがたいものだなこれは……


「それで、イオンとやらに行って何を買うんだ?」

「とりあえず服と靴が急ぎで必要ですねえ……今サンダルでしょう。それじゃあまずい」

「これじゃダメなのか」

「外に履いてく靴じゃありませんからねえ」


電車を乗り継ぎ乗り継ぎしてようやくついたショッピングモールとやらは壮大だった。


「こ、これが全部店なのか?!」

「そうですよ大したもんでしょ。アタシが作ったもんじゃないですけど。ルールは覚えてますね?」

「売り場を出る前に会計だな!わかってるわかってる」


どこもかしこも綺麗で天井がバカみたいに高い。まるで城みたいだ。

すごすぎる。


「スニ-カーとやらは履きやすいな!気に入った!」


マジックテープ式のスニーカーはひどく楽だ。


「おーい、花屋は来ないのか?」

「婦人服売り場でさあ。すいやさん店員さんその子おのぼりさんでしてね。

適当に2万以内くらいで見繕ってやってください」

「はい、かしこまりました」


つるりとしたロボットとやらが出てくる。これも店員なのか……

あまり短いのはいやだなあ……だが、めかしこむのは楽しいぞ!


「よし……と。あっちの売り場は?」

「男性かどっちでも着れるやつでさあ」

「わたしはスカートは慣れん!ズボンが便利そうだ!」

「はいはいっと……いつの時代でも女性の買い物ってなこうなんですかね」

「こんなに落ち着いて買い物するのは初めてだぞ」


結局4万円はかかってしまった……

買ったのはほぼ着替えと靴や財布だ。リュックサックも買ってしまった。


「なかなか似合ってるじゃないですか」

「そうだろうそうだろう!」


あたしは白いファー付きジャケットにカーゴパンツ、Tシャツにスニーカーだ。

女らしいのも買ったが、こっちのほうが快適だ!


「まあ、飯でも食いますかね」

「ハンバーガーがいい!ぜひあれは食べてみたい!」


ハンバーガーとは実にうまいものなんだなあ……

こってりした肉汁に種々の香辛料!パンやチーズとの相性も抜群だ!

この時代はすばらしいな!

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江戸時代に封印された鬼娘がサイバーパンク世界に来る話 星野谷 月光 @amnesia939

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