第2話

 2020年夏、僕は高知の坂本龍馬空港にいる。今日は出発の日だ。


 新型コロナウィルスによっておもわずもたらされたつかの間のモラトリアムもいよいよ終わり、新たな門出がはじまろうとしている。セキュリティゲートの前には大学時代のゼミ仲間数人が見送りに来てくれていた。


 福岡行きと東京行きがまもなく出発する。僕は東京へ、由麻は福岡に行く。


 まず福岡行きが出発し、15分後に羽田行きが出航することになっていた。それで二人はもうきっと会うことはない。


 僕と田所秀一は由麻を見送る一団とは少し離れたところの壁ぎわに立っている。

「由麻と離ればなれになってもええんか?」

 地元出身の秀一は、高校時代から由麻に片想いしていた。

「付き合ってたんかとおもっとった」

 そういって僕の顔を見る。

「なんにもない」

「ほうか、お前、すきやったやろう」

 僕もムッとして秀一を見た。茶化しているわけではないようなので、ふっとため息をつく。

「仕方ねえだろ。あっちにその気がないんだから」

「おしいなあ、告白は?」

 僕はなにも答えない。

「もう会えないかもしれんぞ」

「ああ」

「ほんとうになんもなかったんか?」

「ああ」


 ほんとうは、なんかあった。去年の冬、学校帰りの公園のベンチで話しこんでいたら、いい雰囲気になり、なんとなく、そういう展開になった。でも当時、由麻は別の専門学校の生徒と付き合っていた。翌朝、僕は電話で由麻を呼び出した。正式に告白しようとおもったのだ。けれど約束の場所に現れた由麻は、僕のことをまるで他人を見るような目で一瞥し、昨日のことは誤解だから忘れてよ、と一方的にいって走ってにげた。


 ところが、その後もLINEや電話が頻繁にかかってくる。たわいもない話をするだけだが、由麻は楽しそうなのだ。避けられているわけではないが、恋愛の対象ではないということらしかった。納得したわけではないが、受け入れざるをえなかった。


 今年に入って、由麻が彼氏と別れたことを知った。由麻自身が直接、僕に伝えてきたのだ。由麻は僕になにかいってほしそうだった。そういう由麻の思わせぶりな態度に、もしかしてという淡い期待がないわけではなかったけど、やっぱり自分から切り出す勇気はなかった。


 そして、そのまま今日を迎えた。


「ほしたら、元気で」

 秀一が手を差し出した。

「お前もな」

 僕も握手に応じる。

「落ちついたら連絡してな」

「ああ」

 といって僕は床に置いていたボストンバッグを肩にかつぎあげた。

「ちっくとトイレに行ってくらあ」

 といって、僕はそっとその場を離れた。


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