第12話 聖女様は壁際に追い込んでくる
俺が目を覚ました時、早朝の気配は薄れて、ジークタリアスの神殿には、ちらほらと用向きのある市民たちがやってきていた。
神殿の中庭のベンチに寝かされていた俺は、すぐ近くで木剣をビュンっ、ビュンっと良い音たてて振ってるマリーを発見。
いかん。
しばらく眠っていたらしい。
「マリー、ここまで運んでくれたんだね、ありがとう」
「起きたのね、マックス。まあ、礼には及ばないわ! わたしも満足したしね」
「え? なにを?」
「いいのよ、マックスは聞かなくて!」
木剣を目の前で寸止めされ、情けなくも腰をぬかす。
「さっ、それじゃ練習はじめわよ」
「そうだね」
マリーに木剣を渡され、お互いに掛け声を合わせて素振りする。
素振りが終われば、今度は師匠に教えてもらった型の反復練習だ。
本来なら1人でもできる練習だが、俺たちは恵まれた事に2人とも銀狼流として練習できるため、特別に練習方法を教えてもらっているのだ。
「やっ、やっ、いやァア!」
「ぐへっ」
レベル差があるせいで、マリーの振り下ろしを受け止めるだけで身体に響く。
可憐で華奢な体なのに、すごいパワーだ。
「さっ、次はお楽しみの乱取り稽古ね!」
乱取り
決められた型を反復するのではなく、それぞれ状況にあった剣の型をつかって、どんどん打ち合っていく。
きついけど楽しい稽古だ。
「……」
木剣の先をマリーへ向けて、剣身を顔の横に絞った構え。
銀狼流がもつ特有の『
「……ふふ」
「? マリー、笑うなんて失礼じゃない?」
ふと、聖女が俺の顔を見て、頬をほころばせた。
練習にしろ、なんにしろ、真面目にやらないと意味がないのに。
これは聖女様といえど、悪いことだ。
「なんだか、わたしたち、見つめあってるみたいだわ」
「っ、ま、マリー、そんなこと言わないでよ」
急に恥ずかしくなってきた。
剣先がぷるぷると乱れる。
マリーめ、こうやって動揺をさそう作戦なのか。
なんという策士なんだ。
聖女様は知略にも長けているとでも?
恥ずかしさから、意地悪に笑い楽しそうにするマリーの綺麗な顔をチラチラと見る。
本当に、面白くてしかたない、とでも言いたげな顔してるな。
俺をからかって、そんなに楽しいのか。
「マックス、隙ありだわ!」
「わっ!」
頭を悩ませてると反応が遅れた。
マリーの差しこんで来た一撃を、木剣をふって打ち落としにいくが、かすって外してしまう。
「痛っ」
「まだ、まだあ!」
おでこをゴンッと叩かれてからも、追撃は止まらなかった。
俺は前後左右から、打ち込まれる乱撃を、剣身でガードしながら、ちょこちょこクリンヒットをゆるしつつもしのでいく。
いや、しのげてないんだろうけど。
「マックスは、これで16回くらい死んだわ!」
「絶対嘘だよ! まだ15回だ!」
「じゃあ、これで16回、てぃや!」
「痛っ!?」
膝小僧を叩かれた。
これは痛い。
姿勢を崩したら、そのまま壁際に追いこまれ、つばぜり合いになる。
俺は壁を背にふんばるが、レベルがマリーのほうが高いので、簡単に押し込まれてしまう。
「ぐぬぬ!」
「ふふん、マックスったらそんなパワーで押し返せるとでも?」
ダメだ、マリーのほうが明らかに
木剣をカタカタっいわせ、ぶつけ合わせながら、鼻先三寸に蒼翠の瞳を見つめる。
俺はマリーを守るために、強くならないといけないのに。
「うぁあああ! ……ん?」
思いきり押し込み続けてると、マリーのガチガチの角ハメが緩くなった。
何事かと思えば、マリーが木剣を下ろして、眉根を寄せて困った顔で気恥ずかしげにもじもじしていた。
「どうしたのマリー?」
「そんな、カッコいい顔ができるなんて、反則だわ、マックスはずるいわよ」
「え?」
よくわからない難癖だ。
「っ、これも知略か! 隙あり!」
二度も同じ手にひっかかってはたまらない。
木剣でマリーの頭を直上から狙う。
だけど、本気で叩いたら痛そうだから、優しく添える感じで。
ぽふんっと言った感じに、マリーの頭のうえに木剣が乗っかった。
「……へへ、俺の勝ちー!」
ふふ、油断したな、マリー。
この俺に何度も同じ手は通用しないのさ。
「ふふ、策士策に溺れる、だね、マリー」
「マックス」
マリーの低い声。
嫌な予感がする。
「は、はい、なんでしょうか……」
「今から、あと50回くらい殺すわね」
「?!」
目元に影をおとし、邪悪な笑みをたたえるマリーは、木剣を鋭く構える。
このあと、めちゃくちゃ壁際に追い込まれ続けた。
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