第11話 聖女様とおんぶ。されるほう。


「はあ、はあ、マリー……待ってよ、待って……!」


 息も絶え絶えに、すこし先をいくマリーの背中を追いかける。


 競争というわりに、彼女はかなり手加減してくれてるので、いちおう一緒に走れてはいるが、流石に100周は死んでしまう。


 まさか、本当に走る気だったなんて。


「ふふ、情けないわね、マックス。こんなの軽いウォーミングアップじゃない。あーあ、仕方ないわ、おんぶしてあげる!」

「うぇ!?」

「なによ、その反応。聖女に失礼すぎない? 嫌だなんて言わないわよね?」


 嫌なわけがない。

 

 今の声は「あとでいくら取る気なの?」というマリーの尊いクラスを濫用した、賢い小銭稼ぎに対する畏怖畏敬の「うぇ!?」だ。


 立ちどまり、呼吸を整える。


「うぅ……わかったよ、金貨1枚で、勘弁してください……」

「なんの話してんのよ、ほら、いくわよ」


 マリーに手を握られる。


 ランニングあとの彼女の手は、朝のつめたい空の下でもポカポカと温かかった。


 手を繋いでしまったことに、思わず嬉しさが爆発しかけるが、同時にこんな走って手汗をかいていないかも心配になった。


 しかし、マリーは構わず俺に背中をむけてしゃがみ込んでしまう。


 乗れ、ということらしい。


「マリー、やっぱり、よくないと思うんだ……俺だってもう14歳だし、こんな汗かいてるし……」

「なによ、アルス村にいた時は、わりとしてたでしょ?」

「アルス村のころとは、もういろいろ違うじゃん」

「何も変わらないわ。もう、うだうだ言ってないで、わたしにつかまりなさい!」


 マリーは立ちあがり、むっとした顔で近づいてくる。


 俺は怖気付き、すこし後退。

 

 再び迫ってくるマリー。

 

 そうして、マリーと対照的に後退を繰り返しているうちに、神殿の外壁に追いこまれてしまう。


「聖女様は絶対よ」

「は、はい、すみません……でも、聖女様に悪いと思うので、自分の足で歩きます。もう体力も回復してきたし」

「なんで、そんな頑なに……わたしにおんぶされるのは嫌なの?」


 マリーは目元をふせ、弱々しく言った。


 彼女のことを悲しませてしまったようだと、俺はこれまでの経験から察する。


 マリーはなんで、そんなに俺のことを運びたがるのか、わからなかった。


 しかして、俺も鈍感ではない。


 彼女の反応を見て、流石に気づいてしまったのだ。


 マリーが同年代なのに、お姉ちゃんぶろうとしていることに。


「マックス、抵抗しない!」

「うっ!」


 マリーは俺の脇のしたに手を差しこみ、器用に背中に俺をもってきて、強制的におんぶしてしまう。


 くそ、なんて快適な背中なんだ。

 細くて小さいのに、やわやわで、すべすべで凄く良い匂いがして。


「スンスン……」

「っ、こら! ま、まま、マックス! 誰がくんくんして良いって言ったの! くすぐったいから、うひゃっ、やめ! あはは!」


マリーは首をぎょっとさせて楽しげに笑う。


 俺は無意識から、かつての安心感を思い出していた。


 アルス村で稽古のかえりに、マリーにボコされて、よく家まで運んでもらったっけ。


「マリー、ありがとうね」

「な、なによ、いきなり改まって。これくらい、聖女として当然なんだから!」

「俺、汗臭くない? こんなビショビショで気持ち悪いよね……」

「別に構わないわ。マックスの匂いは、嗅ぎ慣れてるから……」

「え?」

「いいのよ、聞き返さない。聞き返すのは、悪いマックスよ」


 そうかぁ、悪いマックスはよくないなぁ。


 聖女様には、俺には理解できない深い思惑があるんだろうしぃ……。


 なんだか、眠くなってきちゃったなぁ。

 外周を頑張りすぎたせいかなぁ。


 俺はマリーの背中に体重を預ける。

 顔のすぐ横にマリーの綺麗な金髪がある。

 俺はそれに軽く頬ずりしつつ、その向こう側のマリーに眠りに落ちながら語りかける。


「ま、マックス、顔が、ちち、近いわ…ッ!」


「マリー……は、俺が守るよ……それにいつかは、俺がマリーをおんぶしてあげるね……」


「っ」


 俺は安心するその背中で、ゆっくりまどろみに飲まれていった。


「期待してるわ、マックス。いつかはわたしを守ってくれるカッコいい騎士様になってよね」


「…………ぅん」


 生返事しつつ、俺は寝落ちした。



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