第10話 聖女様、準備運動は大事です

 師匠のもとに入門して以来、俺とマリーはアルス村にいた頃のように、いっしょに剣の稽古をするようになった。


「マリー、朝だよ、起きて」

「むにゃむにゃ」


 とは言え、まずは、聖女様を起こすところからがもはや修行のようなもの。


「マリー、起きないと、朝のお祈りに遅れちゃうよ」

「むにゃむにゃ、頭を撫でたら……起きる……かも、むにゃむにゃ…………これは寝言……」


 む、寝言か。

 今一瞬起きてるかと思ったけど、聖女にもなると寝ながらでも、要求できるのか。


 俺はマリーのさらさらの金髪にゆっくり手のひらを乗せる。


「むふふ」

「笑った?」

「……むにゃむにゃ」


 笑ったような気がしたけど、気のせいか。


 マリーの頭を撫でてあげながら、耳元で朝を告げる。


 そうするとマリーは「あと10分」と、やや長めの追加睡眠を寝言で要求してきた。


 流石は聖女様だ。

 全然、謙虚じゃない。


 俺は仕方なく、あと10分頭をゆっくり、丁寧に、辛抱強く撫でつづけた。


 すごく、ふわふわした気持ちになった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



「マックス! さあ、剣を振るわよ!」

「待って、マリー。ちゃんとウォーミングアップした?」


 神殿の裏庭で朝練をはじめるなり、いきなり木剣をもったマリーを静止する。


 稽古のまえには、しっかり体を温めることが大事なのだ。


「ウォーミングアップなんて必要ないわ」

「ダメだよ、マリー。ちゃんと神殿を3周して来てから。マリーはアルス村にいた頃から、ウォーミングアップをサボりがちだったけど、これは大事なことなんだよ」


 まったく、マリー昔から変わってない。


 俺の注意を受けて、マリーはじとっとした目を向けてくる。


 なにか言うぞ。

 反抗的なことを言うぞ。


「マックス、どうしてウォーミングアップが大事なのか、説明してみなさい! 昔から大事、大事って、いったいどうしていきなり剣を振ってはいけないのよ!」

「えっ……うーん、言われてみると、たしかに……でも、村の元冒険者のおじさんが大事だってーー」


 俺は言葉を重ねて、説明してみたが、いまいちうまくいかなかった。


 そのうち、マリーはこれはしめたとばかりに腕を組み、得意げにいじわるに微笑みはじてる。全然、聖女の顔じゃない。


「うぅ……マリー、その顔、いじわるだよ」

「なによ、結局、なんの根拠もないんじゃない!」


 ずいっと顔を寄せてくるマリー。

 威圧感と、なんか良い香りがして、背徳感から思わず顔をそむける。


 俺はこんな時にまで、なにを考えているのだか。


「マックス、こっちを向きなさい!」

「嫌だよ。マリーを見ようと、見まいと俺の勝手だろ」

「あ、聖女に逆らった」


 マリーがにーっと白い歯を見せて笑い、俺のほっぺたを両手で挟んで、無理やり顔を合わせてくる。


 あまりにも恥ずかしかった。

 

 ただ、なぜか、マリーのほうも、少し顔を合わせたあたりから、頬を染めてぷいっとそっぽを向いてしまう。


 顔を合わせろと言ったり、その割に、顔をそむけたり。


 聖女様は気分屋だ。

 

「っ、なにをニヤニヤ嬉しそうにしてるのよ、マックス」

「え? ニヤニヤしてた?」

「してるわ。これは酷い罰が必要ね。神殿のまわりを10周くらい走って来なさい!」


 聖女様は絶対、か。

 逆らったら、もっと増えそうだな。


「そうだ、マリー。ここはマリーのウォーミングアップもかねて、一緒に走らない?」


 我ながら冴えた提案だと思った。


 マリーもきっと、ひとりだと寂しいだろうしな。

 マリーと一緒に走れるのなら、きっと何十周だって俺は外周できる。

 

「そ、そんな、ラブラブのカップルみたいなこと……ごにょごにょ」


 マリーの反応がかんばしくない。


 やはり、【運び屋】ごときの俺と一緒にいるところなんて、みんなに見られたくないんだろうなぁ……。


「ごめん、ひとりで走ってくる……」

「っ、ちょっと、待ちなさい!」


 マリーの声にふりかえる。

 彼女はやけにキリッとした眼差しで、若干頬を染めてこちらを見つめていた。


「仕方ないから、ついて行くわ」

「え?」

「いいから。ウォーミングアップって大事よね」


 走りだし、マリーは俺の手をひいて走りだした。


「さあ、マックス、どっちが100周先に回れるか勝負よ!」

「ひゃ、100周!? それってもうウォーミングアップじゃ……ああ! 待ってよ、マリー!」


 愉快に笑い、先を行くマリーの背中を俺は追いかけた。


 やはり、聖女様というは気分屋らしい。



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