第8話 聖女様と道場イチャつくのはまずい


 目を覚ますと、俺は道場に寝かされていた。


 独特な干し草みたいな香りのする、敷物しきもののうえ、悪くない寝心地だと思いながら、やっぱりマリーと一緒にお昼寝した、干し草のベッドには勝てないな、と益体のないことを思う。


「マックス! 起きたのね、よかったわ、本当に師匠にぶち殺されちゃったのかと思ったわ!」


 涙目のマリーが飛びついてくる。


「っ」


 ぎゅっと抱きしめられ、彼女の胸の柔らかい、最高の感触が形を変えて俺に邪念をいだかせた。


 卑猥ひわいな形になった、マリーの尊さに再び気絶しかけるが、なんとか鼻血を出すだけで持ち堪える。


「ぁ、あ、あ、ま、まま、マリー?! や、やば、やばいよ、マリーのマリーが! マリーッ?!」

「マックス、良かった、良かったよ……わたし、マックスが死んじゃったりなんかしたら、どうしようって」


 マリーを何とか引き剥がそうとするが、どこを触っても柔らかい。

 昔とは違い、成長した彼女の体に、俺はもうどうすればいいのかわからなかった。


 まさか、マリーは尊さが凄いから、全身がお胸になってしまっているのだろうか?

 これが聖女のチカラ……なんて、凄まじいんだ。


 ああ、ダメだ、さらに良い匂いまでしてきた。

 はやく何とかしないと。

 これはえっちだ。


「マリー、マックスが本当に死んだしまう。ここら辺で勘弁してやれ」


 オーウェンの声。助け舟をだしてくれた。


「っ、マックス!? マックス! しっかりして!」

 

 マリーの声が聞こえて、俺は遠のいていた意識を手放さずにこちら側へもどってくる。


 本当に危ないところだった。


 顔を真っ赤にしてうつむくマリーを横目に、オーウェンから布を渡されて、鼻血をふく。


 戸が開く音がした。


「大袈裟な小僧め。はやく立てい。小娘もじゃ。イチャつくために来たのなら帰れ。さもないと、ぶち殺す」


 師匠は壁側のラックから、木剣を投げ渡してきた。


 受け取ると、それが片刃の反りのある剣、オーウェンが使っている異国の剣を模したモノだと気づいた。


 木の刀、だから木刀ぼくとうと言ったところか。


「小僧、小娘、お前たちは銀狼流を習いたいのだそうじゃな。なら教えてやる。ただしわしが期待してるのはそっちの娘だけじゃ。小僧には、今のところ光るものを感じない。稽古をつける意味がないと思ったら、すぐに追い出す。覚悟しておけい」


 師匠は「返事」と最後につけくわえ、俺は慌てて大きな声で答えた。


 剣の才能がないのは、わかってる。

 秘密の特訓をしていたって、全然マリーには敵わないし、俺は亀みたいに成長は遅い。


 俺は天才じゃない。

 だが、隠れて努力するのがオーウェンだけな訳でもない。

 俺だって血反吐をはく努力をする覚悟はある。


 俺はマリーを守るんだ。

 ずっと昔『拝領の儀』の時に固く誓った。


 死ぬ気で強くなってやる。


「マックス、やったわ、これでわたしたち師匠の一番弟子と二番弟子だわ! これから頑張りましょ!」

「うん、頑張ろうね、マリー。ちなみに俺が一番弟子ってことでいいの?」


 ちょっと、冗談言ってみる。


「わたしが一番弟子よ! そういうこと言ってると、こうっ」

「痛ぃっ、痛いよ、マリー」


 聖女の頭グリグリは強烈だ。

 だが、嫌ではない。


 ふと、マリーも間近で目があう。


 涙を流したせいか、彼女の頬は赤く、けれど楽しげにする彼女の顔は、ほんとうに綺麗だった。


 マリーはとろんとして、熱っぽい視線を向けてきた。


 俺はよくわからず、首をかしげた。


「それじゃな、マックス、マリー。頑張れよ。あとお前たちの師匠が凄い顔で見てるから気をつけろ」

 

 道場を出ていくオーウェンの残した言葉に、オレたちはふと我にかえる。

 すると「よし、まずは乱取りからいこうか」と凶悪な笑顔で木刀を手に立ちあがる師匠に気づいた。


 俺たちはただ戦慄するしかなかった。


 この後、めちゃくちゃにボコされることは、語るまでもない事だった。

 

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