誰が為の雑学?(高校生、カップル、甘い)
お題:【嘘】【ミルクセーキ】【倦怠期】
「真理さん、ミルクセーキの起源って知ってる?」
並木通りにある喫茶店は、あたしたちの放課後のお決まりデートコースだ。
あたしの返事も聞かず、向かいの席にいる彼氏は、ここぞとばかりに長いうんちくを語りはじめた。
それをBGMに、あたしは小さくため息を吐く。
だって、彼はこのところ雑学ばかり……。
あたしが、オレンジジュースを注文すれば、オレンジ一個に含まれるビタミンCが60mgでビタミンCは肌だけじゃなくて、ストレスにも効くとか、
コーヒーなら千年前のエチオピアで薬として飲まれてたのが発祥とか、
ココアのときも、古代アステカ帝国で飲まれていたココアは甘くなくてスパイスで味付けしてあったとか……。
紅茶のときはタンニンが、
グリーンティーにはテアニンが、
ウーロン茶にはウーロン茶ポリフェノールが……。
がー!!
おぼえてられるかっ!!
この状態を倦怠期というのかどうかはわかんないけど、もううんざり。
★
「はあ……」
牛乳に砂糖と卵を入れた冷たい飲み物が、ミルクセーキだ。
アイスの原料みたいな、こんな甘ったるい飲み物飲めるか!
グラスをストローでかき混ぜて八つ当たり。
今度は彼に聞こえるようにため息を吐いてみたが、彼はおかまいなし。
なんで、ミルクセーキなんてたのんじゃったんだろう……。
さすがに、こんな飲み物の雑学はないだろうと思ったのに、アイツ延々と語ってるよ……。
これで、この喫茶店の飲み物メニュー全制覇。
めでたくない!!
★
あたしは、極甘なミルクセーキをズズッと音を立てて飲み尽くして、彼の言葉をさえぎる。
さすがに、彼も話すのをやめて、
「行儀悪いよ……?」
と、上目づかいにあたしを見た。
「悪くて結構! もう、別れよう。さようなら」
勢いよく立ち上がる。
「えっ、ちょっと!! 嘘でしょ? 何か気に障ることした??」
「委員長の雑学はもう聞き飽きた。他に話すことないわけ!?」
すると、彼はものすごーく傷ついた顔をした。
捨て犬みたいな顔しないでよ、なんかあたしが悪いみたいじゃない。
そりゃ、最初の頃は雑学も面白かったけど全然あたしのはなし聞いてくれないし、彼も自分の話をしてくれない。
そんなの、付き合ってるって言える??
単なる、授業とかわらないわ。
「もう、話しないって約束したら。考え直してくれる?」
そんなに言うなら仕方がないわね。
「そこまで言うなら、考え直すけど……」
彼は、反省したのか急にだまりこんだ。
★
「……」
「………」
「…………」
雑学意外に話題がないのか!?
数日、ただだんまりの奇妙な状態が続いた。
それを窮屈に思ったのか、彼が映画に誘ってきた。
映画なら話す必要がないって考えか、さすが、クラス委員長。頭だけはいいわね。
★
けれど、それはあたしが前から見たいと言っていた映画だった。
探偵物のシリーズなんだけど、主人公の俳優さんがすごくかっこよくて、それだけじゃなくて、知らないことはないってくらい頭いいし、何ヶ国語もペラペラで、機械にも強い。
何でも出来ちゃうスーパー・ヒーロー。
今日も、かっこよかったなぁ。
大満足で、パンフレットを買って売り場から戻ってくると、久しぶりに彼も笑ってこっちを見ていた。
あ、思い出した。
―――「何でも知ってるのってカッコいいよね」
前に一緒に映画に来たとき、頬染めながらそう言ったのは……あたしだ。
彼が、小難しい雑学を披露しはじめたのはその直後。
全部、あたしの為だったんだ……。
「今日の映画、面白かった?」
彼の優しい言葉に、あたしはこくんとうなづいた。
決して彼は、自分の知識を自慢していたわけではない。あたしのために一生懸命がんばってくれてたんだ。
彼のそういうところが好きだったの、忘れてた。
あたしなんか、気が短くて、喧嘩っ早くて、元気だけがとりえでなんか恥ずかしい。
「……ありがとう」
突然のお礼の言葉に呆然としている彼の手を素早く取る。
もう一度、喫茶店でミルクセーキを頼もう。
きっと、今ならあの甘さも心地よく感じるはず。
そうして、とろける甘さの中、聞き損ねたミルクセーキの雑学を聞かせてもらおう。
あたしの為の、
甘い雑学を!
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