ケーキとクルミ(勘違い、パティシエ、恋愛)



 カラン……。

「いらっしゃいませ」

 お気に入りのケーキ屋さんに行くと、イケメンのウエーターさんが笑顔で答えてくれた。

 私も、にっこり笑うと指定席とばかりにいつもと同じ席に案内される。

 大学の授業の帰りに、このイートインもできるケーキ屋さんに一人でゆっくりとするのが私の一番の楽しみだ。

 街路樹の木漏れ日がさす明るい窓。

 壁には海外の素敵な写真。

 さりげなくアールヌーボー調のランプが飾ってあったりとセンスが良くて落ち着きも合わせもった癒し空間。 

 しかも、ケーキがキレイでたまらなくおいしいの!!

 まだ店長のパティシエさんは見かけたことないけど、いったいどんな人なのかな?


   ☆


「すみません、注文をお願いしま……」

 そこまでウエーターさんに言いかけたとき、私と同じテーブルに見知らぬ男性がドカッと腰掛けた。

「――― !?」

 私はびっくりして、目の前の男性を凝視する。

 二十代後半くらいで短髪。清潔そうな白いシャツを着てるけど、この女性好みの可愛いお店には不釣り合いなほど大きくて怖い顔の人。

 ――― この人、だれ??

 オーダーの途中で混乱する私を後目に、その見知らぬ男性が注文を引き継いで、新作のフルーツケーキとミルフィーユ、あと紅茶とコーヒーを持ってくるようにウエーターさんに伝えた。

 

  ☆


 2個のケーキが運ばれてきても、私はどうしていいか分からずその場に固まっていた。


 すると、彼は、フルーツケーキの方をそっと私に差し出し、自分は残ったミルフィーユを慣れた手つきで食べはじめた。

 ミルフィーユを慣れた手つきで食べる男の人なんて想像できる?? 

 ミルフィーユって、ほら、何層にもパイ生地が重なっているうえに、いちごがごろごろ入ってるから、上手に食べるの難しいんだよね。

 フォークでザックリ食べようとすると、パイ生地がぽろぽろ崩れるし、カスタードもいちごはみ出してくる。

 上手に食べる為には、一度ケーキをそっと倒して、それからフォークとナイフで食べないといけない。

 私は、ケーキの中じゃ一番好きなんだけど、あんまり上手に食べられないから食べたいときはいつもテイクアウトするのに~。

 この人、ただものじゃない!?

 私は、信じられないとばかりに、彼のきれいな手元を見つめていた。

「なんかおかしい?」

「いいえ、べつに……」

 私が、それだけ言って黙り込むと、彼は私に、早くフルーツケーキを食べるように促した。

 見れば、さっきまでは動揺して気がつかなかったが、ゼリーでツヤを出して、キラキラ光る美味しそうなフルーツケーキが目の前にあった。

 この誘惑にはさすがに勝つことができず、私は、ぱくっ! と大きな口でケーキを食べた。

 口いっぱいに、フルーツのさわやかな酸味と生クリームの甘い味が広がる。

 ん、おいしい! しあわせ~。

 そう、思ったらなんだか余裕が出て、目の前の彼に思い切って尋ねることができた。

「あの、すみません。ご馳走になってから聞くの悪いんですけど、あなたどなた?」

 彼は何も言わずにケーキを食べ終えて、コーヒーを一口飲む。そして、大きくため息(深呼吸?)を吐いたあと、重い口を開いた。

「俺の名前は、ケーキ。それより、今のケーキどうだった…?」

 名前が『ケーキ』?

 それよりも、美味しかったかどうか詰め寄る顔がものすごく恐いよぅ。

「あの……、おいしかったです……。見た目もカラフルですごく鮮やかだったし、クリームとフルーツの甘みのバランスがとれてたし……」

 私は、食べ終わったばかりのフルーツケーキの記憶を思い出し、

「あと、二つは食べられそう!」

 と、にんまりした。

 すると、『ケーキ』さんも、うれしそうに笑った。

 なにが起きているのかいまいち理解できないけど、ケーキさんの心からの笑顔はとってもうれしそうでドキッとした。

 さっきの、怖い顔もただ単に真剣な顔だったのかも?


  ☆


「兄貴! いい雰囲気なのはいいけど、肝心なこと言ってないぞ!」

 すると突然ウエーターさんが来てケーキさんの頭をメニューで思いっきり叩いた。

「痛っ。祐樹! 店にいるときは『店長』って言えってあれほど……」

 そこまで言い、彼はハッと口をつぐんだ。

 店長? 店~??

 ってことは、ケーキさんがここのパティシエで、このケーキ作ったひとだ!

「兄貴はさ、口下手でなかなか言い出せないみたいだから俺が代わりに言うけど。

 君、うちのケーキが大好きみたいだから、兄貴と気があるんじゃないかなぁって」


 ほら続きは自分で言えよと、ウエーターの祐樹が兄の『桂樹』を肘で小突いた。

「君の名前を教えて欲しいんだけど……」

「私は、久留実よ。それにしても、びっくりした~。お店の人だったのね」

 すると佳樹さんが顔を赤くしながら口を開く。

「いつも、君の事を見ていた。

 うちのケーキを幸せそうに食べるのが印象的だった。

 その……久留実さん! 

 俺とつきあってくれないか?」

「いいよ☆」

「やったな兄貴!」

 小さくガッツポーズをする桂樹さん。


「試食でしょ? いつでも歓迎よ!」


 二人が、がくっと倒れたのは気にしないっと。


  ☆end☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る