自分だけの姫(ファンタジー、少女シーフ、用心棒)
お題:大丈夫か?
白く美しい月明かりが、ひとつの屋敷を照らしていた。
この街で、一番の金持ちの屋敷であったが同時に、この街で一番の腹黒い男の屋敷でもあった。
◆
「盗賊だ!」
その声に、屋敷の裏の警備を任されていた男はハッと顔を上げた。
歳の頃は28、9。上背のあるがっしりした体躯。精悍な顔つきには目から頬にかけて古い傷跡があった。
男は、数日前に雇われた用心棒だ。
その頭上を、細身で小柄な女のシルエットが通りすぎる。
月明かりに照らしだされた妖精のような影を見上げ、男はしばし目を奪われた。
女は、彼の数メートルに先に音もなく着地する。
その見事な身のこなしに感嘆を禁じえなかったが、すぐさま駆け出した女を見て男は、我にかえった。
(盗賊だ。捕らえねば!)
男は、懐から鎖のついた分銅を取り出し投げつける。
鎖の両端に錘がついたその武器は、駆け出そうとした女の足首に絡みつき見事に動きを封じた。
「きゃっ!」
バタッ! と派手に転んだ女は、尻をさすりながら悪態を吐く。
「痛った~い。何するのよ!」
男は、捕えた盗賊がまだ少女だと気が付き、思わず声をかけた。
「大丈夫か?」
男は、少女の顔を覗き込こみ息を飲んだ。
(姫によく似ている……)
目の前には、輝く大きなアクアマリンの瞳。
ひとつに束ねてある長い髪は、柔らかな蜂蜜色。
面差しや、風貌が彼の一番大切だった人に瓜二つだった。
戦乱の中で皆を助けるために自害した姫に……。
放っておくことができず、少女の足に絡まる鎖をほどくと、立ち上がれるように男は大きな手を差し出した。
少女は困惑した表情で見たが、すぐに手を振り払った。
「ほっといて! さっさと捕まえなさいよ!」
彼が仕えていた姫によく似た面差しだというのに、少女の瞳に宿るものはまったく正反対のものだった。
挑むような目。
一人で生き抜く山猫のようだと彼は思った。
「捕らえはせん。心配しているだけだ」
男の落ち着いた口ぶりは少女の気持ちを逆なでしたようで、いきなり平手打ちをしてきた。
あたりに、軽快な音が響いた。
「バカにしないで!」
用心棒の男は面食らった。
「あんた、あのごうつくばりに雇われた用心棒でしょ!? わたしを捕まえないわけないじゃない!」
彼女のいうことは最もであったが、姫に似た容姿の少女を目の前にして、そんなことはどうでもいいことになっていた。
「あたしだって、子供じゃないんだから自分のしていることが悪いことだって分かってる。捕まったら罰を受ける覚悟もできてるわ!」
食って掛かる少女。
しかし、彼女が涙を懸命にこらえていることが彼には分かった。
◆
「おい、あっちで声がしたぞ!」
少女は、肩をビクリと震わせ青ざめた。
近くで、他の用心棒がこちらへ向かってくる声が聞こえたのだ。
すると男はすばやく、少女を大きなマントの内側に招き入れる。
「俺を信用しろ」
小柄な少女は、すっぽりと彼の胸に納まった。
◆
「おい、バルトこっちに盗賊がこなかったか?」
「あっちへ行った」
「お前どうして追わなかったんだ!」
「すまん。腕には自信があるが足は折ったことがあってな自信がない」
肩をすくめるバルトを見て、用心棒たちは『使えねえな』と舌打ちをすると、指差された方角に走って行った。
「もう行ったぞ」
「どうしてあたしのことを助けたくれたの?」
「どうしてだろうな。似ていたからだろう」
「だれに?」
「……死んでしまった大事な人に」
その重い言葉に、少女は黙るしかなかった。
◆
「ひとりで生きていくのは辛くないか?」
唐突に聞かれた問いに少女は、
「考えたこともないわ」
と、答えた。
しかし、それは嘘だった。
少女が一人で生きていくには、体を売るか盗みをするかどちらかしか選びようがなかった。
誰とも支えあえず自分を守るのは自分だけ。
人に頼ることなど考えたこともなかった。
傍らに誰もいないことが、当たり前だと思って生きてきたのだ。
「俺は一人で生きることが辛い」
バルトは、神妙な面持ちで言った。
(騎士は守るものがなくては生きていけない……)
彼は、亡国の騎士だった。
そして、戦乱の中、敬愛していた姫を守れなかったことを恥じながら今日まで生きてきた。
自ら命を絶たないで欲しいということが、姫の最後の願いだったからだ。
一方、少女はバルトの言葉を計りかねていた。
用心棒にはもってこいの風貌で、仕事には事欠くことはないだろう男が一人で生きるのが辛いなどという弱音を吐くとはにわかに信じられなかった。
「助けてくれたのはありがたいけど、からかっているなら他を当たって」
逃げ出そうとする少女を、バルトは引きとめた。
「頼む。俺に罪滅ぼしをさせてくれ」
その縋るようなまなざしに少女は身動きが取れなくなった。
「亡くなった人の代わりっていうこと?」
「そういうことだ。一緒に旅をして欲しい」
それも処世術かもしれないと少女は考えた。
本当は盗みなどしたくはない。
ただ、食べるためには仕方がなかったからやっていたまでのことだ。
「わかったわ。食うに困らなくて、私に見返りを要求しないというならついて行ってもかまわない」
「約束しよう」
そう言うと、バルトは少女の前に膝をついた。
騎士としての忠誠を誓う所作だ。
「ちょっとどうしたの!?」
目の前にいる男がただの用心棒ではなく、どこかの騎士様に見えて、少女は真っ赤になった。
(まるで、どこかのお姫様にでもなったみたい。うれしいけど、居心地がわるいよぉ)
「もういいから、頭上げてよね! ね!」
そう言って、少女も男の傍らにしゃがみ込んだ。
見れば、男は片膝をついた姿勢で顔を伏せたまま泣いていた。
◆
「それより、これからどうする? 盗んだものを返した方がいい?」
「いや、貰っておけばいいだろう。どうせあのごうつくばりは、山のように持っているものだ。困りはしないだろう。それに、俺も、ここの給料を返すつもりがない」
「へぇ、思ったよりしっかりしてるんだ」
呆れながらも安心して笑う少女。
自分だけの姫を得た男は、もう一度騎士としての誇りを取り戻すことができるのか?
少女の太陽のような明るい笑顔が、その前途を照らしている限り大丈夫だろう。
★END★
作中、女シーフちゃんの名前出きませんでした。
かなり悩んだんですけど、出すタイミングもなかったし。決まらなかった^^;
なので、シーフちゃんはシーフちゃんです。
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