星の歌声(天使?、吟遊詩人、美青年)

お題:楽園の旋律


 天界一の楽師は、その日も下界の見えるテラスにいた。

 太陽の光を集めたような長い金の髪はゆるやかに編まれ、背にある両翼の間にきらきらと流れている。

 女性と見紛ごう、美しい顔立ちの天界人の青年。

 その指先は、銀糸の雨を紡ぎ集めるかのようにたおやかにハープを奏でている。


 連なる調べは、永久の刻より紡がれる妙なるもの。  

 争いも、

 怒りも、

 苦しみも、

 悲しみもない。


 満たされる陽光。

 常春の楽園。


 なのに、何かが足りないと弦が言う。

 奏でるたびに渇望が募るのはなぜか?

 思いを振り払うように、楽師は歌う。



 ――― 小鳥のさえずりは、幸せを届け、

 

    梢のさざめきは、安らぎを運ぶ。


    王の沈黙は、平和を与え、


    女王の笑い声は、愛を湛える。


    楽師の奏でる竪琴は、


    楽師の奏でる、


    竪琴は ………………。


 ――― ヴィィン!




 弦を爪弾く指に力が入り、叫びにも似た苦い音を響かせた。


 楽師エストレージアは、眉根を寄せ涙をこらえるようにうなだれた。

 髪が乱れ、さらと頬にかかる。

「私の奏でる音は、何を伝えることができるのだろう……」 


 永遠とも思える天界の時の中で、エストレージアは迷いを感じていた。

 もはや、天界に知らない曲、知らない歌はないと思われた。

 奢りではなく、確かに彼は天界の最高楽師なのだ。

 しかし、穏やかな歌や曲だけでは、彼の気持ちは満たされなかった。

 彼は、春の陽光ではなく、夏の閃光に憧れを抱き始めていたから。

 人間の持つ、強い感情。願い。想い。

 天界にはない、刹那の輝き。


 ――― 欲しいものは、ここにはない。



 翼を閉じた天界人の青年は、人間が住む下界へ降りることを決意する。



 本当の調べを探す旅へ。




********************



 お題:自由の糧


 天界の楽師エストレージアは、吟遊詩人の持つハープを背負い小さな村に降りたった。

 純白の翼は隠し、村人と同じような深緑色のチュニックに身を包んでいる。

 白磁の肌に、金の髪。青い双眸は伝説の魔石アズルのように静かに熱く輝く。

 翼がなくとも、その類まれな容姿は隠しようがなく、エストレージアはひっきりなしに村人たちから声をかけられる。


「そこの吟遊詩人バード! あんたの歌を聞かせておくれ」

「うちの酒場で歌ってくれねえか?」

「景気のいい歌をたのむよ」


 いつもならよそ者に警戒する村人も、今日だけは賑わいを見せていた。

 年に一度の収穫祭だからだ。

 エストレージアは、右に左に手を取られながら何もかも珍しくキョロキョロとしていたが、やがて一軒の酒場に入った。

 酔った村人たちの上機嫌な歌声に誘われたからだ。

 収穫を喜び、今までの苦労をねぎらう歌はとても眩しくエストレージアの耳に焼きついた。


 そして、ハープを鳴らし歌声の輪に入る。



 ――― 春に種まきゃ


    夏には伸びて


    秋には実り


    冬には肥える


   

    天のかみさまありがとよっ!


   

    実りを祝い、歌おじゃないか

   

    実りを祝い、踊ろじゃないか

   

    命の糧をたんと食え



 上品な言葉でもなければ、美しさを表した歌でもない。

 しかし、それはエストレージアの心を熱くした。

 人々の熱気の中、繰り返し歌ううちにエストレージアはその言葉が体にしみわたるのを感じていた。

「祭りの日に、あんたみたいな吟遊詩人が来てくれてうれしいよ」

 村人は口々にそういって、エストレージアの肩を叩きワインをすすめる。


 彼は、ワインを口にした。

 花の蜜だけ集めた天界の酒のようには洗練されてはいない。


 しかし、力強い大地の味がした。




END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る