女剣士の物語(ファンタジー、姫、騎士)

今回のお題は「始まり」です。


* 

 

 城の庭園には、りんごの白い花が咲いている。

 もうすぐ14歳になる末姫は、その花の下で本を読むことを日課としていた。

 窮屈な城の中から出て庭園にいると、一時本当に城の外へいるような気さえする。そう思うと、本の世界へ入りやすいのだった。 

 木に背を預けて座り、本を開く。

 さらりとした長い黒髪が風に揺れ、絹のドレスの裾がやわらかく芝生に広がる。

 そして、木漏れ日とともに暖かな視線を感じるのだ。

 ―――傍らに立つ騎士の姿。


 彼は知っているのだろうか。

 姫が、二人きりでいたいがために厚い本を選んでいるということを……。


  *


「姫、お戻りの時間です」

「……もう、そんな時間?」

 姫は名残惜しそうに本を閉じた。

 それは、二人の時間の終わりを意味するからだ。

「今日はどのような物語をお読みになっていたのですか?」

「女剣士のお話」

 少女らしい明るい笑顔で姫がくすりと笑うと、騎士の青年も目を細めた。

「意外ですね」

「そう? 私だって、大切な人を守るためなら……」

「剣を持つと?」

 大きな瞳でまっすぐに見つめ返しうなずく姫。

 ―――あなたのためなら剣を持つこともいといません。

 騎士は姫が自分に想いを寄せていることを知りもせず、驚くと同時に嫉妬した。

 ―――誰のためにこの姿やさしき姫が、剣を持とうというのか?

「させません。姫に剣を持たせることなど絶対にさせません! 私が、一生貴方の剣になります」

 騎士は、柄に翡翠が埋め込まれた剣を捧げて誓うと、姫は真っ赤になりながら彼の頬に口付けをした。


  *


 心通わせた騎士と姫であったがそれから間もなく、隣国の攻撃に国はすぐに傾いた。

 敵に追われ逃げる姫を騎士は命がけで守った。

 しかし、それも数に勝る追っ手の前では長くは続かなかった。

「あの日、私は誓ったのに…もう、姫の剣には……なれません……」

 荒い息の中そう告げると、騎士は血を吐き倒れ込んだ。

 背には、深い刀傷。傷口からは、とめどなく血が流れ地に広がってゆく。

「お願い死なないで! あなたがいなければ私は生きていても意味がないのです……」

 白いドレスが、彼の血で赤く染め上げられていくことも気にも留めず、姫は倒れた騎士を抱きしめた。

「姫……、あなたは強い人だ。今こそ『剣』を。あなた自身が生きるために……」

 騎士は、そう言うと姫に自らの剣を託した。


  *


「……で、あねさんがその姫さんで、それが騎士の剣だと?」

 陽気な吟遊詩人は、酒をひっかけ真っ赤な顔で聞き返した。

「そういったら、信じる?」

 目の前にいた黒髪の美しい女剣士はくすりと笑うと席を後にした。

 その腰には、確かに女性が扱うにはいささか大ぶりの剣が佩いであった。


「ねぇ、ジェイド。私、あの時読んでいた女剣士のようになってしまったわ」

 柄に翡翠が飾られた長剣を頬に当て、寂しげに笑う女剣士。

 あれから、十年……。

 あなたが、『生きろ』といったからこの剣で死ぬことはできなかった。


 そう、この剣が女剣士わたしの物語の始まりだった。



  END




続きというか、前日譚というか……対になるお話、「風に向かう花」もUPしました。

よかったら、あわせてどうぞ☆(この次のお話です)

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