不死鳥の温もり(中華風ファンタジー、青年)
今回のお題は「夜明け」です。
*
「ここが不死鳥の住むという飛仙山か……」
俺は、流れる汗を拭いながら低い声で呟いた。
何ゆえ、俺のような一介の兵士が恐れ多くも仙人の住むこのような山を命がけで登っているか……。
それは、『不死鳥』を捕らえるという帝の勅命を受けているためだ。
俺自身は、神鳥を捕まえるなどと言う恐れ多いことをしたくはない。だが、帝の命令とあらば、為すか死か二つしか道はないのだった。
もっとも、不死鳥を捕らえたところで、俺は神への冒涜者として処刑されるのだろう。
どちらにせよこの命を受けた時点で俺は『死』を宣告されたのだ。
―――たぶん、帝はご存知なのだ。
俺が、先帝の妾の子だということを……。
下級貴族の養子として育てられた俺には、玉座を狙うような野心など微塵もない。
食うに困らないつつましい生活ができれば、本望だというのに、帝は俺の存在も自体疎ましいのだ。
俺は、まだ死にたくない。
ならば、どうすればいいのか?
自ら出した答えは、不死鳥を捕らえたならば、王に差し出す前にその生き血を自分が飲むことだ。
さすれば、自分は不老不死の命を得ることができる。別に長く生きたいというわけではないが、もし処刑されることがあったとしても死におびえることはない。うまく逃げ延びることもできるかもしれない。
◆
真っ赤な夕日が切り立った岩肌に姿を消し、静かな河の流れにその姿を微かに残すのみとなった。
―――逢魔が刻。
山頂で待ち構える俺。その対岸の岩の頂きに一羽の鳥がゆっくりと舞い降りた。
大きな金色の鳥。頭に冠を頂いたような羽毛と長い尾。
その瞳は、七色に不思議に輝いていた。
―――不死鳥だ!
俺に気づかないのか、ゆるやかに鳴き始めた。
風に紡がれる歌声は、銀糸の琴を鳴らすような繊細で美しものだった。
はじめて聞いたにもかかわらず、切なさで胸が締め付けられる……。
しかし、これを捕らえなければ自分の命はないのだ。
俺は、意を決し背負っていた弓を肩から降ろし、岩の頂から落ちそうなほど身を乗り出す。
そして、対岸の不死鳥へ向かい
後は、放つのみ!
けれども、俺は日が沈み輝く満月が昇ってもその矢を放つことはできなかった。
幾つもの汗の雫が頬をすべり落ち、月光に輝く。
やがて、悟った。最初からこの美しい不死鳥を射ることなどできやしなかったのだ。
まして、生き血を飲もうなどと……。
宮廷絵師が描いた絵とは比べ物にならないほど、本物の不死鳥はまばゆく美しかった。
――― もう、あきらめよう。
それは自分の死を意味していたのだが、ひどくあっけなくそう思えた。
自分の命でこの美しい鳥を守ったのだ。そう思えば、この命、惜しくもあるまい。
痺れはじめた腕を下ろそうとしたとき、不死鳥がこちらを向いた。
過去も未来、人の心を見透かす千里眼の七色の瞳。
『私を射なさい』
そう聞こえた。
俺は、首を横に振る。
『出来ません。お願いですから、どうかそのままお逃げください』
不死鳥は、満足そうに微笑んで月に向い飛び立った。
見上げれば、月明かりのなか不死鳥は金色の翼と七色の尾羽を広げ、光を振りまきながら舞っている。
俺は、弓を下ろし安堵のため息をつく。
そして、緊張感から解放された俺が崖から身を乗り出していたことを思い出した時にはすでに遅く、岩の頂きから真っ逆さまに河の流れに落ちてた。
暗く深い河の流れに飲み込まれながら、最後に聴こえたのは不死鳥の銀糸の歌声。
(これでよかったのだ……)
そうして、俺は意識を失った。
◆
「う……」
寝返りを打とうとすると体が痛んだ。しかし、それが生きている証拠。
俺は夜の冷たく暗い河の中、気を失ったのではなかったか?
見れば隣に、女の温もりがあった。
真珠のようなまばゆい体。
流れる黒髪。
一糸まとわぬ女人の姿がそこにあった。
そういえば、夢か現かこの女に冷たい体を温めてもらい、口移しに『薬』を飲ませてもらったような気がする。
俺は、この女に助けられたのか……?
「気が付かれましたか。『王』よ」
その声は、不死鳥の鳴き声を思い起こすような美しいものだった。
「助けていただいてありがたいが、俺はそのような身分の者ではない……」
「わたくしには、過去も未来も見えるのですよ」
「あの美しい、不死鳥のように?」
女はただ、透明な微笑みを返す。
その瞳は、角度により様々な色を見せる不思議な石のように美しかった。
堪らず絹のような肌に触れようとした俺の手を、女はするりとかわした。
「もう、夜明け……わたくしは、仙人たちに朝を告げに行かなければなりません」
そのまま、女は素肌に透けるような薄い衣を一枚纏うと空へ飛び立った。
朝日へ向かう、軽やかな羽音。
女は一羽の美しい鳥に姿を変えた。
――― あの姿は!!
美しい金色の羽根が一片舞い落ちた。
そう、彼女は不死鳥だったのだ。
◆
その後、俺は王の命で一度は処刑されたが生きていた。
その奇跡が圧政に苦しんでいた民衆の糧となり、乱がおき、気がつけば彼女の言うとおり自分は王座着いていた。
俺が彼女に飲まされたのは、不死鳥の血だったのだろうか?
そんなことよりも俺は先の帝のように『不死鳥』を捕らえたいと大それたことを思うのだ。
不死などはどうでもいい。
ただ、夜明けとともに消えた美しいひとに、もう一度会いたいのだ……。
終
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