あの歌が聞こえる(小学生、ハートウォーミング、思い出)
らんさんの本日のお題は「歌」、微妙な作品を創作しましょう。補助要素は「朝」です。
『あの歌が聞こえる』
人の役に立つ仕事がしたい。
そう思って看護師になった。
なのに……。
新人のわたしは怒られてばかりの毎日。
自分の無力さに嫌気がさす。
憧れだけでできる仕事でないことは分かっていたのに……。
くじけそうになると、なぜか子供の頃のあのでき事を思い出す。
夏休みの冒険とあいつの歌声。
*
『冒険』という言葉に憧れない子供はいないと思う。
わたしも、小学生の頃そんな言葉に夢中になった。
いつも学校の裏手にある山を駆け回り、秘密基地を作り、泥だらけになりながら遊んでいた。
ただ、問題がひとつあった。
わたしが『女の子』だったということ。
おてんばという言葉で済まされるのは、大人に迷惑をかけない時だけ。
土手から滑り落ち、しかも、一晩行方不明になれば親が黙ってはいない。
『あなたは、お兄ちゃんとは違うのよ。もっと女の子らしくしなさい!』と口うるさくなった。
分っている。あれからわたしは変わった。
急におしとやかになったとか、女の子らしくなったとか、そういうわけではない。
少しだけものを知って、成長したのだと思う。
危機を乗り越えるには、どんなに怖くても逃げない本当の勇気と覚悟が必要だと知ったから。
*
小学校の四年生の夏休みのことだ。
肝試しと虫取りを兼ねて、夜中の3時に裏山で待ち合わせをした。
こっそり家を抜け出し、懐中電灯と虫取り網を手に集まるという秘密の約束。
集まったのは、4人。
女の子はわたしだけだった。
もっとも、そのころは女だの男だの意識したことはなかったが正直、暗闇は怖かった。
夜中にトイレ行くのも、やっと親を起こさず行けるようになったばかりだ。
懐中電灯の明かりだけを頼りの夜の冒険。
けれど、同時にわくわくもしていた。
*
見慣れた裏山も、暗闇では全くの別の世界だった。
昼間の熱気を残した空気が体にまとわりつく。
風で木々の梢ががさがさと鳴り、下草が足を撫でる。
闇は目を凝らしても何も見えないが、その先に、その下に虫や動物の気配を感じていた。
反射的に足がすくんだ。
そのせいで、わたしは伸びた草に足をとられて土手を滑り落ちてしまった。
「きゃぁあ!」
こんな時だけは女子らしい悲鳴がでるのが不思議に思いながら、2、3回転がり土手下に倒れ込んだ。
「ひさこ! 大丈夫か!?」
言いだしっぺのタケルが懐中電灯のオレンジ色の光が、闇の中を縫うように照らしてわたしを探す。
「暗くて何にもわかんないよぉぉ。タケちゃん」
「上がってこれそうか?」
「ごめん。無理そう。すごい足が痛い……」
折れてはいないようだが、膝がものすごく痛い。
灼熱感とぬるりとした感じ。切れているのかもしれないと思うと、背筋が急に冷たく感じた。
「タイチ、がんちゃん。俺のおやじを呼んできてくれ。たたき起こしていいから」
タケルが意を決して言うと、ふたりはおろおろと問い返す。
「タケちゃん、怒られちゃうよ?」
「俺のことはいいから!! 早く!」
ふたりは頷くといそいで走って行った。
「ひさこ懐中電灯照らせ! どこにいるのかわかるように」
「落としちゃって、どこにあるかわかんないよぉぉ」
「……わかった。そこでじっとしてろ」
「タケちゃんぁあん。こわいよぉぉ」
怖いと言葉にしたことで、気持ちをこらえきれずにわたしはワッと泣きだしてしまった。
女はこれだから……と言われるのが嫌で、それまで泣きそうになってもこらえていたのに、今回ばかりは我慢できなかった。
「そのまま泣いてろ!」
「ひどい……」
泣けといったのは、意地悪からではなかったようだ。
その泣き声を頼りに、タケルが懐中電灯でわたしを照らした。
「よしっ! 今、降りていくから待ってろ」
「えっ、ええ!! 危ないよ」
「ひとりじゃ怖いだろう」
そういうと、タケルは手探りで土手を降りて来た。
*
このまま夜が明けないで、二人とも死んでしまうのではないかと悪い考えが頭をよぎる。
夜明けまでのたった2,3時間のはずで出て来たのに、永遠に続くかのようにわたしは長く長く感じめそめそと泣き続けた。
「泣くな! 悪いことばかり考えるから悲しくなるんだ。こういう時は楽しかった時のことを考えろよ」
「わかんないよ~」
「こんなときは歌うんだ。歌うぞ」
それは、その時はやっていた戦隊もののヒーローの歌だった。
♪
星のきらめく銀河を目指し
とんでいく正義の味方
闇をきりさく閃光が見えるか?
ギャラクシーエース!
いつでも君のすぐそばに
♪
あいつの歌は、微妙な感じで、正直へたくそで、でも、安心した。
「くすっ。タケちゃん、下手くそ」
「るせー。もうすぐ、おやじが助けに来るから安心しろ」
「タケちゃんのお父さん、消防士だもんねぇ」
「今日は家にいるから大丈夫だよ」
「怒られるよね……。ものすごく怒られるよね……。私がヘマしなければ計画うまくいったのに。ごめんね……」
「いいんだよ。どっちみちバレれば怒られるのは覚悟の上だ。でも、誰かが怪我したらそれだけじゃすまないんだよな……。そこまで、考えてなかった。ごめんな」
空が次第に、群青色になって、オレンジになって朝が来た。
周りが明るくなれば、そこはいつもの土手だった。
「膝切れてはいないな。草で擦りむいて汁がついただけだったみたいだな」
「うん。足首はひねって痛いけど動かせなくはないから折れてはいないみたい」
明るくなったことでホッとする。状況が確認できて、安心したためか痛みも少し引いた気がする。そういうと、タケルは満面の笑みで「よかった!」と言った。
「何が良かっただ。このバカ息子!!」
見れば、タイチとがんちゃんがタケルのお父さんを連れて来てくれた。
ほどなく引き上げてもらって、家まで送ってもらうと、タケルのお父さんにも、自分の親にも散々怒られた。
*
わたしにもいつかタケルのようなことができるだろうか?
怒られるのを覚悟で、人を助けるようなことが、
自分も怖いのに、暗闇の中に降りていくことが、
心細く震える誰かを励ますことが、
あの朝日のように、みんなをホッとさせることが……。
迷い立ち止まる時、調子はずれのあの歌が、今も聞こえるような気がする。
・END・
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