第5話 シュレディンガーの妹

————翌朝




「なんとなく分かったけどさ、ピアノって重いね」


「もう、ピアノは嫌だ」


「弦が多すぎて、意味わからん」


異世界に転生したから、正直、何らかの特別な力を期待したけど、腕力がいつも通り弱いんだよね。そんな肉体的な労働をしたことないから、仕方ないんじゃないか? でも、周りからの視線は苦しかった。「あ、なんて情けない男だ」と言わんばかりにじーっと見つめていた。恥ずかしいけど、この町の子供だって馬鹿強いから、比べものにならない! 妹たちも軽くショックを受けたみたいだ。


「ね、お兄ちゃん、ちょっと……」


「ん? 何でしょう?」


朝になっても、布団から出たくない。もちろん、俺は疲れているけど、それはともかくとして、この状況を味わいたい。そう、俺は今、妹たちと添い寝をしている。昨夜、センとハナは夢の中にもピアノが出るから眠れないって言って、俺の布団に飛び込んだ。その時、俺は大発見をした。


「お兄ちゃん、この手は……」


「気のせいだ」


「でも、変な所に……」


「気のせいだ」


名付けて、シュレディンガーの妹だ。どっちが本物かどっちが偽物かをわからない故に、センとハナは同時に妹だけど、妹ではない。ギリギリセーフだ、と思う。




「おはようございます!」


オパールがドアを開けて、折角のチャンスを台無しにした。


「今すぐギルドに行ってください! 朝ごはんが欲しければ、せめて仕事を見つけなさいよ」


いや! 仕事したくない!


「お兄ちゃん、腹が減った」


「私も」


俺は顔を伏せた。


「俺も」




そいうことで、俺たちはギルドに向かった。


「お兄ちゃん、これ見て! 本物の受付のお姉さんだよ! 陳腐だ!」


「お兄ちゃん、こっち! 怖い顔の冒険者だ! 超陳腐だよね!」


「なにつってんだよ、このお嬢ちゃん⁈ 俺だって傷つくよ! 陳腐ってなんだよ⁈」


俺は慌ててみんなに謝ったけど、あまり目立ってたくなかったな。だって、センの言っていることは間違ていない。この冒険者たち、本当に顔が怖いんだよ!


「えと、仕事を探していますけど、初心者にできそうな仕事ありますか?」


俺は受付のお姉さんに尋ねたけど、鼻で笑って目をそらした。


「あ、はい、子供にでもできそうな仕事ですよね。ちょっと待ってください」


おい。昨日、見てたのか? 確かにこの世界では腕力は子供以下かも知れないけど、異世界人だよ、俺。きっと何かの隠された力があるんだ! 


「はい、仕事はいくつありますが、その前に冒険者レベルを確かめますね」


ほら、来たぞ! お約束のエベント!


「この水晶球を触れたら、冒険者レベルや魔法属性が分かります」


「よし、見て驚け!」


俺は自信満々で水晶球を手にした。


「はい、冒険者レベルは0です」


「いやあああああぁぁぁ!」


絶望ってこんな感じかな。


「魔法属性は土魔法ですよね。冒険者より農業に向いています。それからは、ん?」


お姉さんは首を傾げる。それで、目を細めて俺を見つめた。


「この特性スキル、見たことがありません」


これは、まさかの逆転?


「妹の王ってどんなスキルかはわからないけど、嫌らしい気がしますね」


妹の王ってなんだよ⁈ やめてください、そのゴミを見るような目!


「次は君たちですよね。双子ですか?」


俺を無視して、お姉さんはセンとハナに声を掛けた。


「は、はい」


「ふ、双子です」


凄く不自然だ。


「では、冒険者レベルを確かめます」


お姉さんはセンに水晶球を渡した。


「はい、冒険者レベルは2ですね。それに水属性だから、お兄さんと同じく、農業がお勧めします。次は君ですよね」


お姉さんはハナに水晶球を渡した。


「ん? 何かの間違いでしょうか?」


「ななななっ、何でしょう?」


ハナは顔を伏せて、オドオドと尋ねた。


「何も映りません。おかしいです」


おい、ハナ、俺のシュレディンガーの妹を壊すな! 


「きっとその水晶球が壊れているよ。ちょっと俺に渡してくれないか?」


「あ、はい」


ハナは慎重に、手を震えながら水晶球を渡した。


———ガチャンと


「あ、すみません! 手が滑った! まあ、もう壊れていたみたいけど、本当にすみません」


ハナは不思議そうな顔で俺を見つめていた。俺は笑って見返した。


大丈夫だ。


「その水晶球は高いんですよ?」


うわー、めっちゃ睨んでいるよ、このお姉さん!






宿に帰ったら、オパールが笑顔で迎えた。


「仕事が見つかれましたか?」


「は、はい」


ついでに借金もできたけど、それは言えないな。

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