第七章(2)以洋、槐愔に叱られる
まだ意識が戻っていない振りをしたい。病院で目が覚めた瞬間から、
「ご、ごめんなさい……」
意外なことに
「ビルから突き落とされた立場なのに、何を謝ってんだお前は。大きな怪我がなかったのは運が良かったんだぞ。一つだけ言っとく。今後は二度と気軽に人と話をつけに行ったりすんな」
眉を顰めながらそれだけ言われ、
「うん……」
「無事だったんだからいいさ。あんまり怒ってやるなよ」
「まだ痛むか?」
慌てて
「痛くない、痛くないよ。もう全然痛くないから」
「痛くないって言うんなら俺が殴ってもっと痛くしてやろうか?」
「……ほんとはまだ痛い」
しょんぼりと答えた
「退院したらうちに顔見せに来い。俺は外ではあんまり長時間過ごせないからな」
頭を撫でながらそう言われ、
「僕は大丈夫だから、
病室に残った
「千慮の一失って言葉、お前知ってるか? 過度な自信は身を亡ぼすんだよ」
「ごめんなさい」
「お前が謝るべき相手は俺じゃねえよ。お前の行動に死ぬほどショックを受けながらそれでもお前の行動を隠そうとしてくれたあの先輩と、お前を失うかもしれなかったお前の家族、そしてお前を愛してる
厳しい眼差しで
「こんな危険な真似をするようお前に教えた覚えは俺にはないし、
「今回の件は解決したが、お前が使ったのは最悪な方法の一つだ。同情にも限度ってものがある。お前は自分があいつを救ったと思ってるが、事実上は決してそうは言えない。そしてその結果はお前が自分で背負わなきゃならないんだ。お前はこの先一生、この件を覚えておけ。実際にはお前は決してあいつを救えてなんかいないんだってことを」
冷たい眼でこちらを見ている
「先輩……」
申し訳なさでいっぱいになり、
「大丈夫なのか? 聞いた時には肝が冷えたよ。まさか
「おい、泣くなよ! 痛むのか?」
慌てて
そしてもし
自分は単に過剰な自信に基づいて、あれが最上の解決方法だと、そう思い込んでいただけだ。
「先輩、ごめんなさい……、ごめんなさい……」
こらえられずに泣き続ける
「
小さく溜め息を漏らした
「
「え?」
「ほら、早く」
訳がわからないという顔をしている
何か
「ほら、もう泣くなって」
ティッシュを何枚か引き出して
「
やるせなげな声でそう告げた
「先輩、本当にごめんなさい……」
今涙を拭ったばかりだが、視界はまだ霞んでいる。
「ビルの下にすぐ駆け下りたのに君の姿は見つからないし、いったいどうしたらいいのかと。誰に電話するべきなのかもわからないし、
そう説明した後、少しして
「君がどういうことをやっているのかは俺には理解できてないけど、君がやるべき何かのために君が命を掛けたんだってことは少なくともわかってるし、その点については俺は君を尊敬してるよ」
付け加えられたその言葉に、
「僕はただ……馬鹿な真似をしただけなんです。……結局は何も、やり遂げられなくて……」
「それでもそれをやったってことがすごいと、俺はそう思う。だって命懸けで何かをやろうとしたなんて記憶、俺には一つもないからね。それに少なくとも、それだって一つの経験だよ。次は間違ってた部分を直せばいいんだ」
微笑みながらそう口にした
「けど、可能なら、俺の前ではもう二度とビルから飛び下りないでほしいんだけど……」
「しません。もうこんな、馬鹿な事……」
もう一度
「ありがとうございます、先輩……。許してもらえなかったらどうしようって怖かった……」
「君があんなに頑張っているところを見ちゃったらね。あれを見たら誰も君を責めることなんてできないと思うよ、俺は」
「じゃ、俺たちは帰るから、君は何も考えずにゆっくり休んで」
「はい、先輩。ありがとうございます……」
またもや涙ぐみながら
「え? 俺、今帰ってきたところなんだけど……」
コーヒーを手にした
荷物の中から缶入りの何かを取り出し、戻ってきて
「なんですか?」
「酒粕。君、買い忘れたって言ってたから。……俺の聞き間違いじゃなければ」
「お見舞いに何を買うべきか悩んでさ、それで君が買いたがってたものをと」
「あ、今日って冬至だ……」
「ありがとうございます、先輩」
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