第四章(1)以洋、葉家に連れ戻される
「心配しなくても自分で上まで行けるよ?」
そう言って
殴った時に、確実に力は加減した。それでもこんな痣を
胸の痛む思いで
「まだ痛い?」
「ううん。もう全然」
大きく
チーンとベルが鳴ってエレベーターが最上階に到着したので、
「着いたよ」
二人ともエレベーターから下りたところで
「この家から出るなって、俺はちゃんと言っ……その顔どうしたんだ!?」
仰天して叫んだ
「その、ドアにぶつかっちゃって……」
「俺が殴ったんだ」
「殴っただと?」
その後ろ、ちょうど玄関先に出てきた
「先輩」
その引っ越し先がありなのか、
だから結局は何も言わず、経過を観察するだけにした。そして
そしてその後、
「痛た、痛いよ
「痛くしてんだよ!」
憤然とした表情で
「なんで勝手に出掛けてんだ、お前は!」
「自分が出掛けてるってわからなかったんだよ……」
しょんぼりと俯いた
「まずは入れよ」
「おいこら! 俺が探してるってわかったのに、なんで先に俺のところに来ないんだよ!?」
「え、ええと……」
直視できず
「何怒ってんだ。こいつはいつもここに帰ってくんだよ。お前は入ってこないのか?」
顔を顰めた
「なんで俺が入らなきゃなんねえんだよ。そっちこそなんで出てこねえ?」
「なんで俺が外に出る必要があんだよ。お前が立ってんのは俺んちの玄関先だろ!」
「俺が立ってんのがお前の玄関先だからなんだってんだ? 俺だってここに住んだことくらいあんだよ!」
言い争う二人から距離を取り、
「先に帰っててくれていいよ。何日かしてほとぼりが冷めたら僕も帰るから」
「じゃあ、先に帰るよ」
そう言った後、また
「氷で冷やすと腫れは早く引くから」
「うん、冷やしとく。でもほんとにもう痛くないから心配しないで」
「ええと、先輩……」
その後ろからは
真っ赤になってあたふたと
「じゃあ先に帰るよ。邪魔したね」
「先輩もどうぞ中へ……」
そう言いかけた
「と思ったんですが、先輩、お忙しそうですね」
「まだ署にも戻らなきゃならないからね。また今度会おう」
「中に入るぞ」
「おいちょっと待て!」
「俺と帰れ。
「けどここの方が安全だろ! お前のところなんかあの世の連中がどれだけ行列作って、こいつを傷つける順番待ちしてるかわかったもんじゃない」
「死人の方が安全だろうが。人間相手じゃどこに置いといたところでこいつはいなくなるぞ。死人に見張らせといた方が有効だ」
「お前ら、やるならもっと力入れて引っ張り合いな」
「力いっぱい引っ張り合って、心が痛んだ方が負けってことにしろよ。それとも包丁持ってきて、俺が
二つのそっくりな顔が、はっとしたように
その
「
そんな
「俺に迷惑掛けるのはお前の専売特許だからな」
「まあここは、お前が育った場所でもあるわけだし、一歩足を踏み入れた途端に死ぬってわけでもないだろ……?」
幾分ぎごちなく
「ま、入ってくるも来ないもお前の好きにしろよ」
そう言い捨てて一人だけ
「入れよ。長居しなきゃいい。ちょっとだけあいつに付き合ってやってくれ」
むっつりとした顔になった
「じゃ、僕、お茶を淹れに……」
台所へ向かおうとした
「お茶がどうしたって? お前はまずそこへ坐って、その顔を俺たちに手当させろ」
「これ使いな」
「ありがと」
大人しくそれを受け取り、
「痛たた……」
「痛いのか? お前さっきデカい声で言ってやしなかったか? ボクもう全然痛くないから心配しないで~とかなんとか?」
ああもう、恥ずかしい。玄関先でラブシーンだなんて。
「それで、いったい今何が起こってんだ?」
ソファに腰を下ろした
「お前がこいつにやった変なブツに何か問題があったんじゃないのか? こいつに何が取り憑いてるのか、俺が全然見通せなかったんだぞ?」
へ、変なブツ……?
少しの間考えてから、
「そんなヤバい物なんか俺がこいつに渡す訳ないだろうが」
「あの日いったい何があってどういう状況だったのか、最初から最後まで俺に話してみろ。一つ残らずだぞ」
「ええと……ちょっと思い出すね」
氷嚢を頬に押し付けたり離したりしながら、
「あの日は……事務所からの帰りだったんだよ。そもそもは野菜を買いに行くつもりで……」
ふと別なことも
「あ、書店が三十%オフのセールしてたんだ。まだ三日あるから先輩に教えてあげなきゃ……」
そう言いかけたところで三人に揃って睨めつけられ、
「ええと……書店の傍を通り過ぎたところで、急に誰かが僕を押したんだよ。それで僕が転んじゃって目を白黒させてて、そのすぐ後にその、落ちてきた人を見ちゃったんだ……」
思わずぶるっと
「そこ、もっとはっきり話してみろ。お前は何を見たんだ?」
コツコツとローテーブルを叩いて
「ものすごく怖い感じのする目を見ちゃったんだよ……」
顔を顰めた
「その後、急に視界が高いところに舞い上がったような気がして……誰かの声が聞こえた。誰かのことを許さないって言ってる声が。……それから、急に今度は下に落ちていって……、完全に落ちたところで僕の視界に戻ったんだ」
「そんな重大なことをなんでお前は言わないんだよ?」
「そ、そんなに重大だなんてわかんないし……心配掛けたくなかっただけだよ。あれってほんとに、ほんとにものすごく怖くて……」
しょんぼりと項垂れた
苦笑しながら
「俺たちに心配掛けたって別にどうってことないだろ? お前に何が起こったかわからずにいるよりましなんだぞ?」
「うん……ごめんね」
「それでいったいどういうことなんだよ?」
「思うに……そいつが
そう言いながら
「何にだって?」
意味がわからずに
「お前やっぱり……俺と一緒に帰った方がいいな」
しばらくして
「ちょっと待てよ」
不満げな顔で
「帰る前にはっきり言っていけよ。こいつはいったいどうなってるんだ?」
「お前に説明したって意味ねえよ。お前ずっとこの辺の話は聞きたがらなかったろうが」
うんざりしたような目を
「なんでお前今日はそんなにカッカしてるんだ?」
「なんてそんなに怒ってんのかだと? 俺がお前に渡したこのお人好しを、お前がこんな風にしたからだろうが! よくそんなことが訊けるな?」
火に油を注がれたように
「お前はあのガキのお母さんかよ! あいつが自分で望んで俺のところに来るって言ったのに、なんでお前がまだ過保護にくっついてんだ!」
「目を離せるわけないだろ! そもそも俺はお前にだって、そっちの道には行くなって言ってたのに、お前が聞かなかったんじゃないか。おまけに
「俺がどの道を行くかは俺の家の問題だっての! 今さらそれを蒸し返すのかよ!」
恐る恐る後退りながら
「あのさ、僕、逃げてもいい……?」
「どこに逃げるんだよ?」
腹の立つお子様の頭を、笑いながらまた軽く
「部屋に戻ってりゃいいだろ?」
「僕、学校に行きたいんだけど」
肩を縮こまらせながら、それでも
「みだりに出歩くなって言っただろ? 何が学校だ」
睨みつけた
「何が起こったのか、わかったような気がするんだよ……。
「その
もう一度
「二人とももう充分だろ!」
いい加減可笑しくなりながら二人を止める。
「そんな風に言い争って、なんか意味があるのか? 何箇月も会ってないくせに、顔を合わせりゃすぐ喧嘩かよ。座って仲良く話すってことができないのか、お前らは」
「こいつが俺に喧嘩売ってくるんだよ」
「誰が好きでお前に喧嘩売ってるんだよ?」
「お前ら二人……なんかかんかでそっくりだな……」
「なんでもいいから座れって。まずはこの件を解決しないと。ほら、お前も座りな。もう勝手にどこかに……あれ?」
振り返って
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます