同居人は膝の上で眠る

昕燻司 あさくす つかさ

第1話

 一人暮らしを初めて、今年の八月で早一年。まだ勝手の利かないことはあれど、快適にすごす余裕はできた。しかし実家で暮らしていた時よりも、今まで以上に自分中心になってきたと思う。自分が明日どんな食事をとり、何を働き、何を学び、どう寝るのか。昨日に今日を考えて、今日に明日を、明日に明後日をどうして生きていくかを考えている。そして最終的にインスタント食品に逃げるのだ。

 実家にいた時は、しばらくすればご飯が出てくるし、そうじゃなくても食材はあった。風呂や衣服は自分で全員分することの方が多かったからその勝手はいくらでも利いたが、一人暮らしをしてから、黙っていれば冷蔵庫に食材が入っていることは無かった。

 仕事先のスーパーの閉店間際に滑り込み、明日生きる分だけ、たまに少し長めに生きながらへるよう、ちょっと無理をする。一人になれば楽になれるかもと思っていたけれど、一人の方が苦労は絶えなかった。学校生活は上手く馴染めなくなっていくし、仕事もミスが増えた。楽しいとか心の余裕とか、夏に青く茂った期待は冬の北風に乗って散った。

 学校に行って、エキゾチックな顔立ちのいけ好かない男の襟足や、細く綺麗な爪先、私を揶揄う時の無邪気な笑みに恋をし、反発するように笑い返すくらいしか屋外での私の心に余裕なぞ無いのだ。

 生きるのが面倒になることもあった。だが別に私は死にたがりという訳ではなくて、生きるのが苦手なだけだった。

唯一の心の癒しは実家から連れてきた同居人。朝起きてカーテンをあけ、毎日ご飯を一緒に食し、部屋中を彼女の好きにさせる。窓辺は彼女のテリトリイだ。時々撮影会をしたり、ふわりと曲線を描いたその毛並みに顔をうずめ、ちょっと勇気を分けてもらう。そして容赦なく泡でもこもこにして水攻めの乱闘をする。その時だけは私の生活が彼女中心になる。その時間がたまらなく幸せで。一人暮らしと言うより、同棲だ。

 普段ふてぶてしいのに、ごはんだよという前に袋の音で駆け寄る。そしてあからさまに猫をかぶるのだ。にゃんと。ごはんと言ってもこちらを向くので、自分の名前を「ごはん」と思っているのだと思う。くそう、かわいい。夜、布団で寝る時、彼女は私の枕を布団にする。くそう、お前を枕にしてやる。

 彼女の上に容赦なく頭を乗せて布団に潜る。彼女の牙が頭皮を容赦なく攻撃するが知ったこっちゃない。私は今、眠りに就くので忙しいのだ。

 あぁ、明日は何を食べよう。ロールキャベツとかどうだろうか。いや、面倒だからレトルトにしよう。(違う、顔を洗うだけだ。今は夕餉時じゃない)お米も炊かなきゃ。その前に顔も洗わないと。(チュールは先程食べただろう)明日はあの人に会えるだろうか。恋焦がれたあの人に。(ええい、夜中に走り回るな)確か明日は数学がある。(また洋服を布団にしたな)服も考えなきゃ。(布団の真ん中で寝るんじゃない)ああ面倒臭い。(ええい、添い寝してやる)やっぱり明日はふりかけご飯にしよう。(布団の中で蹴るな)


 とりあえず、おやすみなさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同居人は膝の上で眠る 昕燻司 あさくす つかさ @asakusTsukasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る