第20話 異母きょうだいとの思い出

 そういった性格は、そのまま得意分野の違いに現れた。

 例えば同じ学ぶにしても、スティルは現代の経済学だったり政治学といった社会学系に興味を示し、シルベスタは歴史学や文化社会学といった人文学系のものが好きだった。

 同じものが好きだったら、明らかに二人は競争者となったかもしれない。だがそうはならなかった。

 したがって、高校のカリキュラムを選ぶ時点で、彼らの道は異なってしまった。

 そんな進学が決まった休みのことである。どんどんと力いっぱい叩かれるドアの音でシルベスタは目を覚ました。

 寝ぼけまなこでドアを開けるとスティルが居た。


「何だよ~こんな朝っぱらから……」

「何だよじゃねーよ。お前まだ寝てんのか?」

「いい気持ちだったのに……」

「いい天気だぜっ。こんないい日に目を覚まさん奴の気が知れん!」


 そりゃそうだろう、とシルベスタは思った。

 スティルは厳しいと有名な学校の花形スポーツであるフットボールのレギュラーでもあった。

 無論そうなるための練習もかかさない。基本的に(好きなこと以外には)怠惰なシルベスタとは天と地程の差があった。


「へいへい…… で何の用……」

「いや、これなんだけどさ」


 ん? と彼は目をむいた。


「俺の部屋にあったんだけど。何で俺の部屋にあったかわかんねーんだよなあ…… お前なら読むかなあと思って。俺の趣味じゃねえし」


 スティルの手には十冊くらいの本があった。どれもずいぶんと重厚な装丁を施してある。


「へー、何の本? まあ入れや」

「おうっ」


 彼らそれぞれの部屋は、普通の家族一つが楽々暮らせるくらいの広さがあった。シルベスタはその部屋の一つを自分の図書室にしている。

 この家にも図書室はあるらしいが、まだその時点で彼は見つけてはいなかった。


「お前カシャルクス大へ行くんだって?」

「ああ。お前こそイグルセン入学許可出たってな、おめでとう」


 カシャルクスは人文学系で伝統があるところであり、イグルセンはそこから政治家・会社経営者などを多く出しているところだった。


「よく親父さん許したよなあ」


 スティルは短く刈った硬い黒い髪をぐしゃぐしゃとかき回す。


「そりゃな。ずっと前からこれだけはと頑固に言ってきたし」

「どうしてだろな」

「何が?」

「お前さ。そりゃ人それぞれとは言うけど――― 何でわざわざ人文? しかも歴史? 全然つぶしがきかねーじゃん」

「別につぶしがどうとか考えたことないからなあ。ただ好きだし。だいたい俺にはお前のや親父のように人当たりとか人渡りとか上手くねーし。俺にしてみりゃお前が歴史にロマンを感じない方が不思議」

「ロマン! そう言うか!」


 スティルは聞くなり、げたげたげたと笑った。


「ロマンって言葉はなシルベスタ、お前には似合うけど俺には似合わねーよ」

「そおか?」

「そおだよ。俺は実に現実的な奴なんだ。判らないものは判らないなりに使うしかねえと思うし、そういうのが得意なんだ。どーにも訳判らんものってのは苛々してな」

「だろーな」


 シルベスタはにっと笑った。


「ま、そういうのはお前に任せるさ。でもなシルベスタ、せっかくある特権なんだ。有効に使えよ」

「ああ。ま、でも俺基本的に貧乏性だし」

「ぬかせ!」


 そしてそれから二人で部屋の中にあったものを要るもの要らないものと選び出し、交換しあった。

 尤も「財団の御曹司」達という彼らの立場を考えてみれば、要らないものは捨てて、新しいものを揃えるくらい簡単にこの二人はできた筈である。

 だがスティルもシルベスタもそういう人間ではなかった。

 スティルは母親の慎ましい暮らしを見てきたし、シルベスタは自分の分以上のことをわざわざするのは面倒だ、と考える質だったのだ。


「で、その本? お前の部屋の何処にあったって?」

「あん? ああ。何か俺が来る前からあったみたいでな。前から戸が開かねえ開かねえって言ってた西側の奴」

「ああ、あれ」

「昨夜掃除してたら、いきなりぱこっと外れやがって。おかげでガラスが飛び散ってさあ大変」

「そりゃまあ」


 自分の部屋は基本的に自分で掃除する「御曹司」達はうなづきあう。


「で、開いたらまあ。何やらひんやりした空気と一緒に本がどんと出てきた訳さ。ま、俺が興味がありそうな奴はとったけど」

「まあ確かにお前に興味のある部分じゃ、俺はどうだっていいしな」

「この家も結構古いしなあ。開かずの部屋の一つや二つあっても仕方ねえがな、開かずの本棚とはこれ如何に、だよな。お前んとこもそういうの、ない?」

「開かずの本棚ねえ………… 俺は本棚活用派だったから、開かずだったら絶対開けてたし。ああでも開かずのクローゼットはあったような気が」

「そりゃいい。もしかしたらとんでもねえ古着が出てくるかもしれねえぜ」


 そして二人はシルベスタの部屋の「開かずのクローゼット」を開けにかかった。

 興味がないから開けなかっただけなので、さびついた鍵を開け、多少どんどんと、長い年月の間に歪んだ扉を叩いたら、案外簡単に開いた。


「ありゃ」


 それが開けた瞬間のシルベスタの一声だった。


「おいまた本かよ……」


 確かにまた本があった。それも指の長さほどの厚みのある、大きな本が横積みになって十冊くらい入っていたのだ。


「だね。だけどずいぶん重そうな本だな」

「さっき俺が持ってきたのも重かったぜ? 作る奴も作る奴だよな」


 スティルが自分の部屋に戻って行ってから、シルベスタは窓際に本を持っていき、ぱたぱたとほこりを払った。

 確かに重かった。革作りで金線が入っている表紙は、ずいぶんと手間と金をかけたように思える。

 ぱらぱらと繰って、スティルは自分の趣味じゃねえな、と感想を述べた。そしてシルベスタはこの本に見覚えがあった。

 これは、あの時の本だ。

 記憶の中で、テーブルに座った母親が、膝に乗せることもしなかった程重い本。陽だまりの中で、甘いコーヒー入りミルクを呑みながら、母親はその本を熱心に繰っていた。

 帝国史の本だったのだ。それも、図書館ぐらいにしか行き渡らない類の。

 全部のほこりをはらってから、シルベスタは小厨房へと邸内通信を入れた。そしてミルク入りコーヒーをポットに、と頼んだ。

 さすがに小さい頃とは自分の見方が変わっていることに彼は気付いた。

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