第19話 「君は、『皇后』じゃないのか?」
「ことの起こりは、出かける少し前だったんだが」
「東海華市から?」
「そう。男爵から呼び出しがかかったあたりなんだが。その学都の各地…… 東海華だけではないんだが、各地で辺境学生狩りが最近行われていて」
「学生を狩るのか?」
「教育庁はどうやら、自分達のもくろみが失敗に終わったことに気付いたらしい。で、秘密裏に、彼らを抹殺するんだ」
「抹殺…… それは文字どおりの意味なのか?」
そうだ、とナギはうなづいた。ひどく低い声になっている。
「寄宿舎の、私の隣の隣の部屋の少女がちょうどカラ・ハンの出身で…… 私は彼女には身元は明かした訳ではないんだけど、まあそれはそれで、多少は話す仲だったんだ。で、その彼女も例外ではなかった、と」
「狩られたのか?」
「狩られそうになった、が正しいな。紙一重で助かった」
「と言うと?」
「つまりは刺客だな」
「さっきの少女のような?」
「あれとは違う。あれは別口だ」
別口、ねえ。彼はため息をつく。
「彼女を襲ったのは、教育庁がらみの方だ。私のは全くの別系統。まあそれは後。その彼女は見事刺客を返り討ちにしたと」
「そりゃ凄い」
「カラ・ハンの民は強いですから。私はたまたまその現場を見てしまっていて」
「たまたまか?偶然じゃないような気がするな、ここまで言われると」
「いえいえ」
ナギはひらひらと手を振る。
「これは偶然。たまたま今回の連合行きの目的とか考えてたら、眠れなくて、朝方偶然、出会ってしまった訳で」
「なるほど。じゃあそこで、君は、その少女に伝言を頼んだ?」
「ええ」
「だってその時点では君はまだカナーシュ氏を見かけていた訳ではないじゃないか」
「ええ、ないです。先生が手配されたというニュースは見ていたけれど。でも先生のことがあるにせよ無いにせよ、私は一度彼らと会っておきたいと思ってましたから」
「何故?」
「男爵の動きが妙だったから」
「それだけ? それだけで君はカラ・ハンを動かすというのか?」
「……」
「さっきから奇妙に思っていたんだ…… 君は誰なんだ?」
「ホロベシ男爵の『人形』ですよ? それ以外に何を思いつきますか?」
「いや違う」
彼は彼女の傷跡をたどる。今度は声は立てない。
「君は、『皇后』じゃないのか?」
彼女は黙った。見おろす彼の目を真っ向から見据える。
「七代の方は、今空席ですよ」
「ああ公式にはね。だけど広い帝国に、もしかしたら居るかもしれない」
「そう思えるんですか?」
ナギは彼の頬を両手で包み込む。
「違うのか?」
そしてそのまま手を動かして彼女はシルベスタの目を塞いだ。
*
彼に帝国史への興味を持たせたのは母親であったが、決定打を与えたのは同じ歳の「弟」スティルだった。
デカダの五人きょうだいは、周囲の思惑に関わりなく仲が良かった。
その中でもやはり、彼とスティル、それにアルミーナは歳の近さもあり、きょうだいと言うよりは、友達のように育っていた。
実際のところ、きょうだいという感覚はシルベスタにはなかった。そもそも母親にすら、一般的に「母親」というレッテルを貼るのが難しい育ち方をしている。きょうだいなら更にそうだった。
上の二人はいい。既に成人しているし、彼ら下の三人にはさほど興味もないようにシルベスタには思われた。
だからあくまで、「同居している年上の住人」という感覚で、適度の敬意をもって接していた。
それで充分だったらしい。
上の二人はそれぞれ忙しいらしく、シルベスタや下の二人に気楽に接することはなかったが、嫌いもしなかったらしい。
ところがスティルとアルミーナは違った。
二人はシルベスタが自分達と同じ、愛人の子供ということで、親近感を持ったらしい。
広い庭を駆け回ったり、中学校・高等学校の寄宿舎から校舎への長い道を自転車で競争したり、時には殴り合いのケンカもしたり、それでいて大きな目で見ると、仲がいいというものだった。
そしてそういうしょうもない二人を、優しくおっとりとした妹は眺めていた、という図である。
性格は違っていた、とシルベスタは思う。
スティルの母親は地方のラジオの歌姫だったらしい。その声に父親は惚れて、強引に西都に連れ帰ったという。同じ公共電波でも、決して映像の方には回らなかったという。かと言って外見がどうという訳でもない。十人並みよりは格段に上である。
大人しい性格だったのだろう。もともと電波に声を乗せたのも、知人に熱心に勧められて、ということだったらしい。
そういう人だったから、愛人とは言え「玉の輿」に乗ったらさっと電波から離れたのも当然かもしれない。
彼女は屋敷に来るまでは、西都の隣の市で慎ましく二人を育てていたという。もちろん普通の家よりはずいぶんと大きな所だったが、その大きな家の住人にしては、質素すぎるほどだったという。
アルミーナはその母親とよく似ていて、大人しい少女だった。
そう頭の良い子ではなかったが、彼女が泣くと二人の「兄」もかたなしだった。
彼女は二人とも「兄」と認めていて、シルベスタのことも「シルビィ兄さん」と呼んでいた。女の子の名前みたいだ、と彼が困った顔をしてもお構いなしな性格は、誰の遺伝なのか。
一方のスティルは、明らかに父親似だった。だが本人はそれに気付いているのかいないのか、つい今朝起きたことも夜には忘れて明日のことを考える性格だった。
シルベスタはその逆で、昨日起きたことの原因を考えるために一昨日の記録を引っぱり出すタイプだったと言える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます