トラック43
定位置につく。
舞台なんてない、ただ、三角コーンのパイロンと、黄色と黒の遮断機で囲まれただけの即席ステージ。そんなちっぽけなステージのセンターにくっぴーが立ち、そのサイドにオレが立つ。部長は後ろでポリバケツを構える。
なんだよ、この絵面。なんて思いながらも、そんな気持ちとは裏腹に、全員の口角が吊り上がり、にやけている。
誰一人こっちに注目していない駐車場で、スピーカーの音量をMAXにし、オレは、一度チリトリを思いっきり振るった。
ジャァァアアアアン!
会場とは違い、大音量で空気を震わす音があたりに響き渡り、音漏れを聴きに来ていたファン達が、こっちに意識を向けた。
「よし」
中にはこちらに近寄って来る人たちも現れる。
くっぴーはがこっちを向き、うなずく。
始まりの合図だ。
くっぴーの三拍子の足踏みと同時に、オレはボタンを押して、チリトリを力の限り震った。
全てを追い越しそうな、凄まじく早いギターサウンドが唸り始める。流石は部長の作った曲。本当にリッチーブラックモアにも、ジミ・ヘンドリックスにも負けていないギターサウンドだと感じさせられる。
それに続くように、部長がポリバケツをどかどかと叩くと、信じられないくらい重いドラムの音がスピーカーから響き、あたりをリズムの海へと変化させる。
その前奏が耳に入っているのかは分からないが、くっぴーはにやけながら足でリズムを取り、
「イェァ―――――ッ!」
くっぴーが叫んだ!
その時、まばらに集まっていた人たちが押し寄せ、一つの舞台が出来上がり、元々ロック音楽のファンで対応が早い人間なんかは、すでに首を振ってノリ始めている。
耳が聞こえない。自分の声が聞こえない。だから、声が音程に当たらない。
そう嘆いていたくっぴーの歌声も、今は、部長の作った思い8ビート、周りの物全てを破壊し尽くしてしまうかのようなギターとドラム音が合わさり、一つの音楽となって形を作っている。
くっぴーの歌声は、決して上手いとは言えないものかもしれない。しかし、その悲痛な叫びにも似た、魂を削るかのような叫び声は、前回のライブの時とは違い、確かにここにいる人達の心を惹き付け、無意識にリズムに乗らせている。
音はデカイし、くっぴーの作った作詞の意味も上手く聞き取れない。
それでも、バカデカイリズムの海と、くっぴーの歌声が辺りを満たしているのは確かだ。
曲も終盤に差し掛かり、「終わって欲しくない」と心で願う自分にニヤけ、そして、
「あ、りが……と、う……!」
くっぴーの、音の当たらない、感謝の言葉で曲が終わった。
中にいる五百人なんて比にもならない、五十人近くしかいない観客だが、それでもくっぴーに惹き付けられ、拍手を送ってくれる。
それが嬉しくて……目頭が熱く……、
「バカヤロ――――!」
「!?」
突如、ゆらさんの怒声が聞こえ、感動ムードだった客席もぽかんとした表情で辺りを見渡している。
「こんな面白そうな事、ウチらが放って置くわけねえだろうが、コノヤロ――ッ!」
突然の祟姉妹の登場に、暴動になりそうなくらいのファンが詰めかける。
「ウチらもここでヤらさせろゴルラァ――――ッ!」
そう言ってギターを高らかに鳴らした。
「ライブは、いいんですか?」
「バーカ、あの箱なら不協和音に譲った」
「へ?」
「こっちのが絶対おもしれえ。ファンの前でヤるより、今ここを通る知らねえ人間をウチらのファンにしてやろうと思ってよ。その方が人気でるし。だから、てめえらガラクタ・ロッカーズのライブをジャックさせてもらうぜ――――ッ!」
歓声が沸き起こる。
くっぴーも、部長も唖然として、祟姉妹の二人を見つめていた。
「ま、こんなにクソおもしれぇ企画を考えやがったのは、ここにいる嬢ちゃんだ!」
そういってゆらさんがくっぴーの肩を抱き寄せる。
「コイツは、最高のロックンローラーだ! ウチと、百合が認める最高のな! っつうわけで、お前らの曲、さっきの、ウチとセッションしようぜ」
くっぴーは、大き過ぎるゆらさんの声が耳に入っているのか、涙を目に浮かべながら、人差し指を立てた。
「正直、さっきの曲。初めて聴いたけど震えた。でも、邪魔はしねぇ。むしろ盛り上げて吊り上げて持ち上げてやるよ。だから、お前らはいつも通りの演奏してろ。あとはウチと百合で最高にしあげてやるぜ!」
百合様もうんうんとうなずくと、くっぴーと握手をする。その瞬間、『キャ――――ッ!』などという黄色い声援と、嫉妬のような悲鳴が聞こえたが、気にしない事にしよう。
「そんじゃ、やろうぜ」
ゆらさんの無茶苦茶な指示で、全員が定位置につく。
くっぴーの合図で、オレがチリトリを震うと、凄まじい勢いでゆらさんのギターサウンドが重なる。それに続いて部長のドラムが入り、
『ワァ――――ッ!』
くっぴーと、百合様の絶妙なハーモニーがあたりを支配した。
道ゆく人は足を止めてこっちを見つめ、中には走って近寄る人も現れるしまつ。
気がつけば、中の五百人なんて比にもならないくらいの人数が駐車場に詰めかけていた。
くっぴーと百合様の幸せそうな歌に、観客も笑顔で声援を送る。
ゆらさんの鬼気迫るド迫力なギターに、観客も鬼の勢いで首を振る。
部長の作った曲が道ゆく人の耳に入り、足を止める。
オレの存在感なんて今はどうでもいい。
今、この時がお祭りのように楽しくて、時間を忘れてただ、この場にいる全員で天に向かって叫んでいた。
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