トラック40

 「センキュ――――ッ!」


 ノイズが高らかにマイクを掲げると、観客が沸き、会場内の熱気もぐんぐん高まる。


 「えっと、オレら不協和音って言います。今回は、アンダーグラウンドの女王と言われてる、祟姉妹の前座なんかに出演させてもらって、荷が重いって感じてるけど、それに負けないくらいのパワーで前座やらせてもらったと思います」


 観客も、そのMCに対して『ウォー!』と声援を返す。


 その時、ノイズの口端がつり上がるのを、オレは舞台袖からでも見逃さなかった。


 「正直、まだ不完全燃焼っす。まだ、やりたりないのが本音っす」


 「んの野郎……ッ、ほんっとおもしれぇ野郎だなぁ」


 ノイズのMCにゆらさんが奥歯を噛み締めながらも、どこかニヤケ面でそんな事を言う。


 「お前ら、出れないかも知れねえぞ」


 「へ?」


 ゆらさんの言葉に戸惑い、舞台に目を向けると、


 「この次に控えてるバンドいるんすけど、今日が初で、練習もままならねぇ、そんなバンドにこんな大舞台を任せてもいいんすかね? ってオレ思ってんすけど、どうっすか?」


 観客が一斉に静まり返る。


 「おい、どこ行く」


 オレが舞台に突っ走ろうとしたのを悟ったのか、ゆらさんに首根っこをつかまれた。


 くっぴーは聞こえていないのか、驚いた様子でオレを見つめている。


 「今日のライブは、絶対にやるって決めたんですよ! またアイツらに邪魔なんかされたら……」


 「今日のライブはウチらにとっても大事なライブなんだ。前座なら譲ってやるが、ケンカなんかしてライブ中止なんてなったら一生お前ら許さねえぞ」


 胸倉を掴まれ、凄まれるゆらさんの目からは、本気さしか伝わって来ない。確かに、この人たちもここまで上り詰めるのに相当な努力や回り道があったはずだ。それはマルメロだって同じだから分かる。彼女たちのライブで舞台が一つ大きくなる度に、舞台袖で涙を流して来たのも見て来た。


 それを、潰す事なんて出来ない。


 「でも、オレらどうしたら……」


 その時、


 「っつうわけで、オレらがアイツらの分の曲、やっちゃってもいいっすか!?」


 ノイズの声が会場に響き渡り、しばらくの静寂の後…………


 『おもしれぇッ!』と客席から声援がはびこる。中には、『お前らが全部食っちまえッ!』などと野蛮じみた声援まで混じっている。


 「くッ……」


 黙って舞台袖を見つめていると、


 『バーカ』そう口が動いたように見えたノイズが、舌を出し、中指をこちらにむかって投げかけた。


 くっぴーも全てを悟ったのか、オレの耳に聞こえるほど、ギリッと奥歯を噛み締めると、凄まじい勢いで控え室に向かって走っていった。


 「おい!」


 オレと部長は走るくっぴーを追いかける。


 「テメエら! 逃げんのか! それでも男かッ!」


 背中から、ゆらさんの怒号が聞こえるが、今は止まれない。


 くっぴーが、怒りに身を任せて何をしでかすか分からない。


 『お兄ちゃんの持って来たスピーカーなら、どこでも音が出るよね?』


 走りながら書いたせいもあり、ぐにゃぐにゃに歪んだ文字で書かれたボードを部長に手渡すと、


 『電源さえあればな』


 『なら、延長コードを借りよう。チリトリ、借りて来て!』


 「はぁ?」


 部長はその一言で全てを理解したのか、くっぴーと共に持って来た機材を外に運び出す。


 何をどうするってんだよ!


 来た道をダッシュで戻り、ゆらさんの姿を見かけると、


 「ゼェ……はぁ、オェ……ゆ、ゆらさん」


 「なんだよ」


 明らかに不機嫌なゆらさんがオレを睨みつける。


 「ウチは、お前らが逃げ出すようなヘタレバンドとは思わなかったぞ」


 何をどうしろと言うんだ。あの状況で……。


 「そんなことより、延長コード、貸してもらえませんか?」


 「はぁ?」


 「なんか、必要っぽくて……オェ……」


 ゆらさんは、何か閃いたのか、隣にいた百合様と顔を見合わせ、そのまま外に向かって走っていった。


 また走んのかよ!


 オレはくたくたになりながら、二人の跡を追った。

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