トラック37

 会場から見る景色は、地元のライブハウスとは違って、とても広く感じた。


 前回の倍はありそうだ。


 「早く合わせるぞ。これが俺らの最初で最後の全体練習なんだ。ったく、だいたいなんで本番前に――」


 部長が不満をぐちぐちと呟きながらドラムセットの前に座ると、


 『ちょっと待って』


 くっぴーがボードをオレ達に見せて、会場の真ん中に座り込んだ。そのままボードにスラスラと文字を書き込むと、


 『集合!』


 と書いたボードを見せ、床をバシバシ叩いている。


 そんな言葉に即されるように、オレと部長はくっぴーの前にあぐらをかいて座った。


 「なに?」


 部長の不機嫌そうな一言に、


 『バンド名まだ決めてない』


 くっぴーの文字を見てズッコケそうになった。


 部長はボードをひったくり、


 『今決める必要はないだろ! 練習するぞ!』


 そう書いて真ん中に置いた。


 『ダメだよ! モチベーション上がらないじゃん! で、どうする?』


 くっぴーはニコニコしながらオレ達にバンド名を求めて来る。


 部長は、『何でもいい』と書くと、機材のセッティングに戻った。


 前回のような失態は犯すまいと、アンプやスピーカーを全てコチラで用意して、朝から電車を三往復してまで持ってきたほどの気合いっぷりだ。集中して、念入りに機材のチェックをしている。


 『チリトリ、バンド名どうする?』


 『いや、オレもなんでもいいけど……どうせなら、マルメロのような』


 「おい! 何すんだよッ!」


 書いてる途中でボードを奪われた。


 くっぴーは子供みたいな顔で何やら書くと、


 『ガラクタ・ロッカーズ!!』


 腕を組み、「どうよ! これハンパねぇっしょ!?」と言わんばかりに鼻を鳴らしている。


 『なにが?』


 とりあえず、その名前について聞いておく事にするが、


 『バンド名だよ。どう? いいでしょ?』


 バンド名だったらしく、同意を求めて来る。


 いや、いいも何も、そのまま過ぎるだろ……。


 ボードを取って、何か突っこもうとしたとき、くっぴーが先にボードに文字を刻んでいった。


 『ありがとね』


 「え?」


 くっぴーはうつむき、表情を隠したまま、文字だけを見せて来る。


 『わたしのわがままに付き合ってくれて、ホントにありがと』


 「うん」


 気がつくと、無意識に返事をしていた。


 『夢だったんだ。こんな場所でライブするの』


 くっぴーは立ち上がり、両手を広げて会場を見渡す。


 『絶対成功させる。リハは無し。ぶっつけ本番。それがロックだ!』


 くっぴーはボードをいつものように首からぶら下げ、舞台に立つオレと部長を見ると、人差し指を立て、舌を出した。

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