トラック36

 「いや、だから……なんでだよ」


 くっぴーに手渡された衣装は、お馴染み革尽くめだった。


 はぁ、と溜息を吐きながらもそれに着替え、控え室に戻る。


 くっぴーはというと、いつも通りのラフな私服で、ジーパンに、ドクロの絵柄が書かれたTシャツ姿だった。


 オレの姿を捉えると、『似合ってるぜ』と親指をグッと立てる。


 「そうですか、ありがとうござんす」


 適当に返事を返し、無駄にだだっ広い控え室に二人きり、隅にある椅子に腰掛けた。


 妙な沈黙が部屋を満たす。


 ああ、オレ、緊張してんなぁ。なんて思いながら、妙にザワつく下腹部を撫でていると、


 『ドキドキするね』


 なんて、緊張感のない言葉が書かれたボードを手渡される。


 『そうだな。くっぴーは緊張しないのか?』


 『する。でも、夢だったから、ワクワクもする』


 「そっか」なんて呟いていると、いつの間にか妙なザワつきも収まっていた。


 『歌、大丈夫か?』


 『大丈夫。今度はちゃんと歌える!』


 くっぴーはジッとオレの目を見つめる。


 その目は力強くて、何か意思のようなものを感じる。


 『頑張ろうな!』


 そう書いてボードを渡した時、


 「失礼しまぁ~す」


 どこかバカにしたような声音で、ノイズが部屋に入って来た。


 「この度は、ご一緒させていただく不協和音のノイズっす。よろしくぅ」


 そう言って手を差し出して来るが、もちろん返すつもりもない。


 差し出された手は行き場を失い、自分のポケットに戻っていた。


 「なんだかヤな感じだなぁ、もしかして、こないだの事気にしてんの? パフォーマンスじゃん。パフォーマンス!」


 そう言ってヘラヘラとニヤけるその顔が苛立たしくて仕方が無い。


 隣にいるくっぴーも、下唇を噛み締めながら、黙って睨みつけている。


 「ま、今日は一緒に祟姉妹を盛り上げる仲間なんだし、仲良くしようよ」


 「うるせぇ。仲良くするつもりなんてねえよ」


 オレの一言に、「ひぃ~」なんて、怖がったフリとかしやがる。コイツはオレの神経を逆撫でする天才だ。案の定イライラが限界に達しそうになる。


 「だから、あれがオレ等風のパフォーマンスだっつうのに、いいじゃん、客は盛り上がったんだからさ、ほら、握手握手。お友達になろうぜ」


 そう言ってまた手を差し出す。


 「人を笑うような人間と友達になんかなりたくもねぇ」


 「ぷっ、そっか。じゃあいいや」


 そう言ってノイズはくっぴーの前にしゃがみ込むと、


 「ほんっと面白い声してたよ。マジ受けた! 今度、知り合いがやってるレッスン場紹介してあげるよ。小学生相手なんだけど。ひゃひゃひゃ――」


 「お前なぁッ!――」


 怒鳴ろうとするオレの服をぎゅっとくっぴーが握る。


 そして、


 『黙れインポ! 童貞が移る』


 そう書いて人差し指を立てた。


 ノイズはぽかんと口を開けていたが、


 「そっかそっかぁ」なんて言いながら立ち上がり、


 「今日の順番知ってる?」


 「知らねえよ」


 「ふぅん。俺ら不協和音がトップバッターなんだよねぇ」


 意味深にニタニタと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


 「だからなんだよ」


 「だぁかぁらぁ、俺らが先――」


 ノイズが何か言おうとした途端、扉が開き、


 「次、テメエらがリハ入る番だぞ」


 ゆらさんがリハーサルを知らせに入って来る。


 「ん? ノイズてめえこんなとこで何してやがる? 相変わらず、新人潰しか、趣味悪ぃなぁ。ガッハッハ」


 「やだなぁ、ヤめてくださいよ。そんなんじゃありませんって。同じ前座として挨拶させてもらってただけっすよ。んじゃ、俺はもう出ますから。じゃ、チリトリくんだっけ? リハ頑張ってね」


 突然気前のいい笑顔に変えて、ノイズは部屋を後にした。


 「ぷっ、相変わらずアイツのやり口は面白ぇな。パフォーマンスでバンド潰すだなんて、クソみてぇだけど、実力がなきゃできねえわな」


 ゆらさんも何だか楽しそうに笑っている。


 「お前ら、時間結構押してるから、さっさとリハ行った方がいいぞ。マック先に行ってるみたいだし、早く行ってやれ」


 ゆらさんが親指を立てて、扉を示す。


 「ありがとうございます」


 オレとくっぴーはゆらさんに頭を下げて、部屋を後にしようとすると、


 「気合い、入れろよ!」


 「うっす!」


 ゆらさんの声が聞こえたのか、くっぴーも力強くうなづいた。

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