トラック35

 「おお……」


 都市部のライブハウスは流石に小さな地元のライブハウスとは違って、迫力があった。


 奇麗で真っ白な壁に、『ジャックリズム』と書かれたライブハウスが、夕陽の赤に染められてキラキラと光っている。


 パチンコ店並の大きさのライブハウスは、見るからにかなりの人数が入りそうだ。


 「たしか、ゆらさんの話しでは五百から六百人近く入るらしいぞ。チケットはすでに完売だから、凄まじい人数入りそうだよなぁ……」


 『興奮するぜ』


 くっぴーはそんなボードを首からぶら下げているが、そんな言葉とは裏腹に緊張からか目が走っている。


 この間とは違い、五百人もの人からブーイングや暴動が起こったら、打撲ではすまないな、と思うと背筋が凍りそうな思いをする。


 くっぴーを交えての練習を一度もしていないのが、流石に不安だが……。


 言っても俺達の音は録音と変わらない。そこにくっぴーが歌を合わせるだけ。本番で本当に演奏するのはくっぴーだけ。だから、ぶっつけ本番に任せて! 絶対に成功させるから。と、くっぴーたっての願いで、オレや部長は昨日まで、ネットしたり、機材の確認したりしかしていなかったのが、少し悔やまれる。


 一回だけでも合わせておけばよかったかな……。


 正直、全体練習を一度もしないなんて舐めたロックバンドは日本広しとも、オレ達くらいだろう……。


 そんなオレの心情を悟ったのか、くっぴーは『任せろ』なんて書いて、強くガッツポーズを見せた。


 「おお! 来たか!」


 中からゆらさんと、百合様の二人が顔を見せる。


 部長と、くっぴーの顔いろが変わる。


 くっぴーはキラキラと目を輝かせ、部長は……何してんだ? あの人? 耳たぶを真っ赤に染めて、壁と向き合っている。


 『サインありがとうございます! 最高っす!』


 くっぴーはボードにそう書いて、百合様に見せると、二人は握手を交わしていた。


 なんだか、こう見ると向こうが本当の姉妹のようにも見える。


 「調子はどうだ?」


 「えっと、どうでしょう……」


 「ハッハッハ! こういう時は、今、この時が絶好調だぜ! とか言うのがロッカーだぞ!」


 いつも元気な人だ。ゲラゲラと声をあげて笑っている。


 その時、


 「今日は、呼んでいただきありがとうございます」


 聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。その声に、オレはゴルゴンに睨まれたかのように固まる。


 視界の端にとらえたくっぴーも、恐らくオレの後ろに立つ声の主を見つめ、唖然として固まっていた。


 「おう、前座だからって遠慮せずに、ウチらの客奪うつもりで来てくれていいからな」


 「そんな、ここの女王から客を奪うだなんて、でも、少しでもお客さんが盛り上がってくれたなら幸いっすよ。」


 へらへらと、物腰やらかい声が背後からする。


 「では、僕達は中で先に準備させてもらいます」


 「おう」


 ゆらさんは、手を振り上げる。


 会場内に入って行くその姿を捉える。


 「……なんで」


 不協和音の三人が入り口に姿を消して行く。


 ノイズだけは、こちらに振り返り、オレと目が合うと、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。


 「やられたら、やり返さないとな」


 ゆらさんは、いたずらっ子のような笑みを浮かべてそう言う。


 くっぴーも、ゆらさんの口の動きを読んだのか、力強くうなずいて、消えて行く背中に向けて人差し指を立てていた。


 「じゃあ、お前等も準備しとけ。また機材の調子が、ってことはこんだけの箱だし、ウチら主催のライブだからまずないだろうが、一応チェックは怠るなよ。な、マック」


 ゆらさんが壁と話す部長の背中に声をかけると、部長はビクンと身体を一瞬震わせ、「分かってるよ」と小声でつぶやいた。

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