トラック33
日直の挨拶も終わり、慌ただしく出て行く体育会系の部員と同じように、早歩きでオレは部室に向かう。
「こんちわっす!」
いつものように部室のトビラを開けると、いつもと違った日常が繰り広げられていた。
睨み合うくっぴーと部長。
明らかに険悪なムードに、オレはあわてて自分のパソコン前に座る。
mac『いい加減にしろ。無理なんだよライブなんて!』
kuppy『無理じゃないもん! 出来るもん! 今度はちゃんと出来る!』
mac『またバカにされるだけだ!』
チャットのやり取りを見てすぐに何が原因か察知できた。
ライブだ。
mac『この間のライブ、散々な目に合ったけど、正直よかったと思ってる。分かっただろ? お前には無理なんだ、不可能なんだよ。これ以上家族に迷惑かけるな。大人しくしといてくれ』
そう書き終えると、部長は溜息を一つ吐いて、視線を落としてしまった。
maluo『ちょっといいっすか?』
オレは、部長に声をかけるわけでもなく、黙ってキーボードを叩いた。
maluo『出来る出来ないかは、試してから決めましょうよ。試す前に無理とか不可能とか言われて、くっぴーが今までたくさんのモノを諦めて来たか兄である部長なら分かるでしょ?』
誰も何も言わず、何も書き込もうとせず、ジッとパソコンの画面を見つめている。
maluo『試す前から無理とか不可能とか言い訳考えるのはやめましょうよ。オレは不可能って言われて可能にした人物を三人知っています。きっと、くっぴーにだって出来ますよ』
kuppy『またマルメロかよ』
なっ!
黙っていたと思ったら、思わぬ所からの攻撃に少したじろいでしまう。
kuppy『お兄ちゃん、お願い。わたし、やりたいの。どうしても。夢なの。わたしずっと耳が聞こえにくくって、お母さんに言葉を教えてもらったけど、全然誰も理解してくれなくてムカついたけど、今、この時のためだって思ったら言葉を覚えたのも間違いじゃなかったなって思えるし、何もないと思っていたモノクロの世界でも、ロックの音楽がわたしの耳をこじ開けて新しい色鮮やかな世界を見せてくれたの。だから、お願いします』
書き終えたくっぴーは、部長に向かって頭を下げた。
「ああ、めんどくせぇな」
部長が口に出してそう言い、
mac『分かったよ……やるよ』
部長はキーボードを叩き終えると、くしゃくしゃと髪をかいた。
mac『やるからには、前みたいなのは許さないからな』
そう書き込んで、いつものようにスピーカー作りの作業に戻って行った。
「良かったな」
くっぴーにそう声をかけると、くっぴーはオレの目を見て、ニッと白い歯を見せながら親指を立てた。
「そうと決まれば報告しなくちゃな」
カバンから携帯を取り出し、新しく登録したゆらさんの着信ボタンを押す。
プルルルル、と二度着信音が鳴ると、
『あぁ?』
と、なんだか聞くからに不機嫌そうな女性の声が聞こえる。
「もしもし、ゆらさんですか?」
ガタン。
急に部長が立ち上がり、オレを睨むが、スグにきょろきょろしながら見るからにわざとらしい演技で座って、チラチラこっちを確認してくる。
そんな様子をくっぴーはニヤニヤしながら見つめていた。
『テメエか、何がゆらさんですか? だ。分かってかけてきてんだろカス』
「す、すみません」
『で、なんだ?』
「えっと、先日の件なんですが、やる事にしたんで連絡を――」
『ああ、わかったわかった。詳しい話しは当日でいいか?』
「大丈夫です」
『そっか。んじゃまぁ、当日は前座でやってもらおうと思ってっからよ。気合い入れて練習しとけよ』
「はい。頑張ります」
『んじゃ、バイト中だから切んぞ』
「忙しいとこすみません。失礼します」
ピッ。と音を立てて通話を終えた。
maluo『当日は前座でやってもらうから、しっかり練習しとけよ。だって』
すぐにパソコンに文字を打ち込むと、くっぴーは小さくガッツポーズを作って、気合いを示した。
「お、おい。チリトリよ」
部長がらしくもなく、オレの肩に手を回し、くっぴーに背を向ける形で話しかけて来る。
「さっきの電話、だれ?」
「え? ああ、部長の多分知らない人っすよ。今度のライブを手配してくれた――」
「いや、だから誰?」
「いや、知らない人っすよ?」
「いいから言ってみろよ!」
人の話しなんか興味なさそうな部長が、いつになく真剣に聞いて来るから、
「えっと、祟姉妹ってロックバンドの、祟ゆらさんって人っすけど……」
遠慮がちに答えると、「ふ、ふぅ~ん」なんて、わざとらしい相づちをする。
「なんで、電話番号知ってんだよ」
「そんな事どうだっていいじゃないっすか。それより、次のライブどうするか決めましょうよ」
オレは座ってパソコンに文字を打ち込む。
maluo『次のライブは、前回と同じ感じでいいのか?」
kuppy『一つ、お願いがあるの』
くっぴーの書き込みに、部長とオレは静かに黙ってパソコンを見つめる。
kuppy『今回は、前と違ってオリジナルでやらさせて』
maluo『それはいいけど、歌詞どうするんだよ? オレ、書けないぞ?』
ハチミツハニーハニー以上の傑作はな! と言ってやりたいが、カブトムシのエサとか言われて傷つくのも嫌だし、何よりも今、ギャルたちの間でプチブームになり、学校では他人を呼ぶ時に、『ハニー』なんて名称が流行してしい、純粋な恋愛ソングが汚されてしまっている。
それを思うと、あの歌詞は封印しておきたい。
kuppy『歌詞は自分で書くし、練習だってする! だからオリジナルでやらさせて』
くっぴーは立ち上がると、自分の顔の前で両手を合わせた。
maluo『オレは別にいいよ。好きにしてくれて』
mac『お前のやりたいようにやれ』
くっぴーは立ち上がり、力強くうなづくと、
kuppy『んじゃ、これから考える。今すぐ考える! わたし、屋上に行ってるね!』
そう書き込むと、いつものピンクのリュックを背負い、一度敬礼すると、そのまま部室を出て行った。
「それじゃあ俺も、曲の手直ししてみるか」
部長はそう言って、ヘッドフォンをつけ、パソコン向かい合った。
なんだか、オレだけ取り残された感がいなめない。
とりあえず、オレの出来る事するか。
こんな事するのはいつ以来だろうか。記憶がある限りではマルメロを知った以来だろう。
オレもパソコンに向かい合い、おもむろにキーボードを叩き始めた。
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