トラック30

 「ロッカーじゃねえな」その言葉をもう一度思い返し、オレは今、ライブハウス前にやって来ていた。


 正直、何をどうしていいか分からなかったけど、とにかく、あのノイズにはくっぴーに謝罪してもらう必要がある。いや、させる。もう、くっぴーを元気にさせてやる方法はそれしか思いつかなかった。


 なんで、オレがこんなにまで躍起になっているのか分からなかったが、何かムカついて仕方がなかった。


 「た、頼もー!」


 ライブハウスの裏口のトビラを開け、道場破りの如く元気よく、とはいかずちょっと小声で、出来れば誰にも聞こえて欲しくないなぁ、なんて思いながら侵入する。


 「あぁ!? 誰?」


 うぐぅ、奥から誰か来てしまった……。


 しかし、オレはやると決めた。


 くっぴーは言った。『ロックってのはケンカ、ドラッグ、セックスだ!』と。だから、オレはケンカする。もうボッコボコのギッタンギッタンにしてやる。


 これでオレもロッカーだ。誰にも文句は言わせない。


 「お、おお、オレは、チリトリだ!」


 「はぁ? って、お前かよ」


 暗い廊下の蛍光灯が、その姿をはっきりと映した。


 「ゆらさん?」


 「なんの用だよ」


 いつも通りすぎる雰囲気に格好。目が合うだけでなんだか心臓を鷲掴みされているような恐怖。しかし、オレはロッカーになると一人でに誓ったんだ。


 「水谷……じゃなくて、ノイズって野郎を、ぶっ飛ばしに来ました!」


 オレの決意の言葉と眼差しに、ゆらさんもきょとんとした表情を浮かべると、スグに、


 「ぷっ」


 と、吹き出し、そのまま「ギャハハハハ!!」と、お腹を抱えて、床を転げ回りながらの大爆笑となった。


 「ヒー、ヒー、腹痛い……」


 くそぅ。このまま呼吸不全になっちまえばいいんだ。


 「で、なんだっけ? 不協和音のリーダーをボコりにきたんだっけか?」


 「そ、そうです……そうだよ」


 ちょっとムカッときたから反抗的な態度を示す。


 「なんで?」


 「こないだゆらさん言いましたよね? オレのことロッカーじゃないって。で、ロックと言えば、あるヤツにケンカとドラッグとセックスだ!って教わったんで、ケンカしてやろうかと……」


 ゆらさんはニヤニヤしながらオレを見つめる。


 「ふぅ~ん。ちったぁ男前になったみてぇだな。でも、それじゃダメだな」


 ゆらさんはオレの肩に手を置いて、子供を諭すような目で見つめる。


 「いいか、ロッカーならロックンロールでやり返せ。それがロックってもんだ」


 えっと、つまり……。


 言ってる意味がイマイチ分からなかった。


 「……これ、出れば?」


 急にゆらさんの後ろから、メイドのような妖精が現れた。と思ったら、ボーカルの百合様だった。


 ゆらさんの背中に隠れるようにして、そっとチラシをオレに手渡して来る。


 「おお! 百合それおもしれぇな! そうしろ、出ろよお前らも!」


 受け渡されたチラシは、祟姉妹がシルエットにデザインされたカッコいいチラシで、大きな文字で、『祟姉妹ワンマンライブ開催決定ッ!』と書かれていた。


 「でも、ワンマンって書いてますけど?」


 「あぁ? んなもんどうにでもなんだろ。別にウチらがいいって言ってんだからいいんだよ。気にすんな。な?」


 そう言って百合様に同意を求めると、小さく首を立てに二度ふる。


 「えっと、じゃあチラシだけもらって、みんなと相談します」


 「そうか。んじゃ、決まったら電話してくれ。赤外線送るから」


 そう言って、ゆらさんはポケットから携帯を取り出し、オレと連絡先を交換すると、


 「んじゃ、ウチらこれからリハあっから、お前等もしっかり練習しとけよ。楽しみにしてっからな」


 と、別にまだやるとも言ってないのに勇ましい姿で片手を振り上げながら奥へと消えていった。


 じゃあ、オレも帰るか。


 そう思ってトビラを開けて出て行こうとすると、


 ちょんちょん。


 絶妙な力加減で服の袖を引っ張られた。


 振り返ると百合様が立っていて、


 「……これ、わたして」


 サイン色紙が渡された。


 そこには、象形文字のようなひらがなで、ゆり。と書かれており、その横には、謎の物体が書かれていた。


 「えっと、誰に?」


 「くっぴー? あの女の子に……サインくださいって、頼まれたから……」


 「あ、分かりました」


 なんとなしに受け取り、


 「あ、一ついい?」


 百合様は小さくうなずく。


 「この、名前の横に書いてある絵は、なに?」


 「ユリの花」


 ほう、それはなんともまぁ独創的なユリだこと。


 「なるほど」


 そう言ってオレはふむふむと色紙を見ながらうなずき、


 「ありがとうございます」


 としっかりお礼をしてから、もう一度振り返ってドアに手をかけるが、


 ちょんちょん。


 また、袖を引っ張られる。


 「なに?」


 「じょうず?」


 「はぁ?」


 小学生の子供のように首を傾げながら、絵の評価を求めて来る。


 えっと、正直に言ったほうがいいのか?


 「いやぁ、オリジナリティ溢れるいい絵だよ。お花って言われてみればお花にも見えるし、最初は芋虫かなんかかと思ったけど、うん。これはこれで立派なユリだよ」


 そう答えて、子供を撫でるように頭に手を置こうとした瞬間、


 「ヒッ!」


 死神に首もとに鎌を突きつけられたような、背筋が凍るような目で睨まれた。しかし、スグにそのつぶらな瞳にいっぱいの涙を浮かべる。


 え? オレ、なんかマズイこと言ったか!?


 「いや、えっと、その……」


 なんと言ったものか。と、口ごもっていると、そのまま小さな歩幅でどこかへ走っていき、


 「待てゴるラぁぁああああ!!!」


 それと入れ替えに、とてつもない怒号と共に、マンモスの足音のような凄まじい音が聞こえて来た。


 「ええ!? なに!?」


 凄まじい形相で走って来るゆらさん。


 そして、


 「なぁにが女のロックは偽物じゃワレェ! ゴラァ!」


 まぁ何とも口が悪い。


 烈火の如き怒りを前面に表しながら、窒息するかの勢いで胸倉を掴まれる。


 「何がですか!?」


 「百合に聞いたぞ、女がロックしても所詮は偽物ってなぁッ、あぁん!」


 「え! そんな事一言も――アッ!」


 オレの言い分は何一つ通らず、気がつけばプロボクサーもビックリ、左フックがオレのアゴをつらぬいていた。


 薄れゆく意識の中、「ねぇ、わたしの絵、じょうずでしょ?」と言ってるように見えた百合様のニヤける姿が目に入った。


 あの野郎、絶対なにか嘘を吹き込みやがった。

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