トラック29

 うぅ……。


 どうして、他のクラスに入るとこう敵意の眼差しを向けられるんだろう。


 ちょっと緊張する……。


 辺りをきょろきょろ見渡すと、


 「居た」


 くっぴーを視界に捉えた。


 一番前の窓側の席。恐らく、障害を考慮してのことだろう。


 オレは空いていた隣の席に座らせてもらい、くっぴーの机をコンコンと人差し指で二度叩いた。


 こちらに気付くが、表情に一切の元気がなく、憂鬱そうに窓の外側を向いてしまった。


 くっぴーの見る窓の外は、前日同様、分厚い雲が空を覆っていて、灰色のどんよりとした景色の下で、運動部がサッカーゴールを運んだり、野球場のラインを引いたりと、準備に忙しそうだった。


 「どうして部室来ないんだ?」


 ノートをちぎって書いたその紙を、くっぴーの机の上に置く。


 放課後、教室で男子と女子が二人きりのシチュエーションに興味を持ったのか、周囲からひそひそとゴシップ好きな女子達の声がするが、一切気にしない。というか、ガン飛ばしてやった。そのまま騒ぎ立てる女子たちは廊下の向こうへと消え去り、教室には見事なまでの二人きりの空間を作る事ができた。


 ま、別に誰かいたら困る話しでもないが。


 『別に』


 くっぴーはそう書いたボードをそっぽ向いたまま、机の上に置いた。


 オレはボードを受け取り、交換日記のようにやり取りを交わす。


 『部室来ないから心配だったじゃねえか』


 『あっそ』


 『早く行こうぜ』


 『先に行って』


 『一緒に行こうぜ』


 『先に行って』


 なんだこの不毛なやり取りは。


 そう感じてしまっては話しを切り替えるしかなく、


 『バンド、またやるんだろ?』


 そう書いて渡すと、一瞬くっぴーが戸惑った表情を見せるが、スグに


 『やらない』


 と書いて返して来た。


 『なんで?』


 『別に』


 『バカにされたからやめるのか?』


 『うっさい』


 『いいじゃん、マルメロだって最初はバカにされてたけど、今じゃ人気者だろ? それと一緒じゃん』


 『あんなのと一緒にすんな』


 『あんなのって言うな』


 オレのボードを確認したくせに、ついには返事すら書かなくなりやがった。


 そのままオレは書き続ける。


 『らしくねえぞ。ちょっとバカにされたくらいでヘコんで。くっぴーはそんなの笑い飛ばすんじゃねえの? それがロックなんじゃねえの? よく分かんないけど』


 くっぴーは無理矢理ボードを奪い取ると、


 『アホ。チリトリのくせに何分かったようなこと言ってんのさ。だいたい、私の歌なんか誰も聴きたくないんだよ』


 くっぴーの文字が少し、震えていた。


 『これから聴きたい人作ってけばいいだろ?』


 『だから、聴きたくないんだって! 私の声、変だから』


 それ以上何かを書こうとしてたのか、やめてしまい、小さく肩を震わせて外を見つめる。


 やっぱり、くっぴーは声をバカにされたこと、歌なんか聞きたくないってことが、ちゃんと耳に聞こえてしまっていた。そして、その事で昔バカにされ、せっかく立ち直ったのに、今度は大衆の面前でバカにされ、客からはブーイング。オレだったらもう学校にすら来てないかもしれない。


 はぁ。


 なんて言葉をかけていいか分からなかった。


 『オレは、くっぴーの声好きだぞ』


 そう書いて、そっと机の上に置く。


 一瞬、驚いた様子でオレと目が合ったが、またスグにそっぽ向いてしまう。


 それ以上何も書こうとせず、ボードをただ握り締めて、窓の向こうにある、分厚い雲をくっぴーは肩を震わせながら見つめていた。

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