トラック26

 「「うぉぉおおおおお!!」」


 不協和音の三人がステージに上がると、祟姉妹のライブほどではないにしろ、割れんばかりの声援や拍手が巻き起こる。三人がどれだけ人気のあるバンドか測るには十分すぎる声援の量だった。


 「えっと、今回の生け贄……じゃなかった。対バンは、阿野高校の音研究部の三人だ! 皆、お手柔らかに頼むな!」


 オレ達はと言うと、開始を合図する不協和音のメンバー三人を舞台袖から眺め、手招きのサインが来るのをジッと待っていたが、どうやらその時が来たようだ。



 「俺達が紹介したら、舞台袖から出てきて、自由に演奏してください! それだけで大丈夫っす! 地元の人に任せた方が現場も盛り上がるだろうし、もう好きにしちゃってください。」


 ノイズは無邪気に笑う子供みたいな笑顔でそう言ってくれた。


 ライブ開始一時間前、リハーサル一切なしで、ぶっつけ本番。やることは紹介したら自由に演奏。なんだかいつも見るマルメロのライブの過酷な裏側とかとちっとも違うため少し拍子抜けしたが、こんな一学生のお遊びバンドじゃそんなものだろうと納得した。


 何よりも各々はそれなりに練習したが、全体での練習は今まで一度もしていない。曲だって、結局歌詞が間に合わず、急遽コピーバンドとして、有名なくっぴーが完全に歌詞を覚えているロックの曲をカバーする事になったし、なによりもその曲をオレは聞いたこともないし、名前すら知らない。


 これをお遊びと言わずになんと言おうか。


 ここまで音楽を舐めたバンドはそういないと思う。



 「おい!」


 生け贄がなんだとか、どうとか言ってた気がするが緊張でじっくり考える時間もなく、ただチリトリを振るという作業だけなのに、緊張で頭がいっぱいいっぱいだ。


 隣に立っているくっぴーも、膝がガクガクと踊り、首からぶら下げたボードが小刻みに揺れている。どうやら、極度の緊張を迎えているようだ。


 「おいって!」


 「うお! な、なんすか部長!?」


 「呼ばれてる。さっさと行くぞ」


 部長は緊張していないのか、俺達の前を颯爽と行く。


 ああ、普段もの静かでひょろひょろでスピーカーオタクの機械馬鹿で、このクソ野郎なんて心の中で思っていたが、今日だけは最高に格好よく見える。


 そんな部長の後ろを、勇者についていく仲間のようにぞろぞろと歩いていった。


 ステージに上がると、意外なほどに観客との距離が近かった。


 この間のライブほどの客が埋まってないにせよ、百人はいそうな客が一斉に、『ワアアアアアア』と、歓声を上げ、オレはビクンと一瞬驚き震えた。


 そんなたくさんいる観客の中に、祟姉妹の二人も、一番後ろで、壁に背を預けながらこっちを睨みつけるように見ていた。


 部長は何も言わず、後ろにセットされたドラム…………、


 「え? う、そ……?」


 ポリバケツに、学校などでよく見かけるゴミ箱? を前にして座った。


 マジかよ。あれ、ドラムになんのかよ!?


 唖然としつつも、オレも抱えたチリトリをギターのように持ち構える。


 くっぴーはセンターに立ち、ふぅ、と一息吐くとさっきまでの緊張を忘れてどこか、何か覚悟を決めた人のような、キリッとした視線をオレ達にくべた。


 そんなくっぴーの力強い視線にオレの気持ちも一気に引き締まる。


 しかし、なんだろう。


 妙な違和感を感じる。


 緊張とか、そういった類いのものではない。この場の空気自体がおかしい気がする。


 客席を見渡すと、どこか人を小馬鹿にしたような、とても人を応援するような人間には見えない、ニヤニヤした表情を浮かべる観客達。


 「クックック……、まぁ、せいぜい頑張れよ」


 出会い頭とは打って変わって、人を嘲笑うかのようなノイズがオレの肩にポンと手を乗せ、舞台袖に去って行った。


 今はそんな事を考えている暇はない。


 本番前の練習もなし、全員で合わせての練習もなし、もうグダグダになる予感しかしないが、とにかく今はこのチリトリを振り回そう。これが終わればマルメロに会わせてもらえるんだ。


 くっぴーがこっちを見てうなずく。


 歌うというサインだ。


 合図である足を三拍子踏む。そして、部長がポリバケツを叩き、重くて素早いドラムが炸裂してライブがスタートする……、


 「――?――」


 はずだった。


 音がならない。


 ただポリバケツをポコンと叩く情けない音しか鳴らず、部長は困惑と焦りの表情を浮かべ、接続された電源部分などを確認している。そんな部長の表情にオレも焦り、試しにチリトリを振ってみるが、接続されたアンプから一切の音が流れず、ただチリトリを振っているだけの様になってしまう。


 「おいおいおいおい、歌えねぇのかよ!」


 「帰れ帰れ!」


 客席から野次が飛ぶ。それと同時に、ノイズと他二人の不協和音が舞台中央にやって来ると、


 「あれぇ? どうしたの? 歌わないの?」


 なんて、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、わざとらしい声をかけて来る。


 全て分かった。


 昔から見た目で人を判断するな。って言われてきたし、人を独断と偏見で疑うなとも言われてきたし、なんでもかんでも人のせいにするな。と言われてきたけど、この目の前に立つノイズたちの表情は全てを物語っていた。


 コイツ等の仕業だ。


 恐らく、電源部分になにかしらの細工をしかけて、物理的に音を出ないように違いない。そうに違いない!でも、一体なんのために?


 怒りとか感じる間もなく頭が「なんで?」の疑問で埋め尽くされていると、


 「~~~~♪」


 くっぴーは、音が聞こえていないのか、一定のリズムで歌い始める。


 一瞬の沈黙。


 全員が黙って、そして唖然としてくっぴーを見つめるが、


 「チッ、やめろヘタクソ!」


 ノイズがそう吠えると、くっぴーを押し倒した。


 「おいッ! 何しやがんだ!」


 ライブなんて関係ない。乗り出そうとしたオレと部長の前に、のっぺりとした顔のメンバー二人が立ちはだかる。


 「おい! どけよ!」


 両手を広げて、黙って気味悪い感じに二人が首を横に振る。


 「お前の声、耳ざわりだわぁ」


 マイク越しにノイズがくっぴーを指さして、ヘラヘラと笑いながら言う。


 くっぴーは、尻餅をつきながら、何が起きたのか分からないと言った表情で、ノイズを見上げていた。


 「まずその声、気色悪い」


 「テメ――」


 オレが怒鳴ろうとする前に、部長はメンバーを押しのけ、ノイズに襲いかかっていた。今まで見た事も無い、鬼のような形相で飛びかかる。


 「はいはい、邪魔邪魔」


 ノイズは合気道でもやっているのか、部長の突進を軽くいなすと、部長は軽々と客席に投げ飛ばされ、客が獲物にたかるハイエナのように部長に群がり、リンチが行われた。


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら踏みつけ、罵声を浴びせる観客。


 ノイズはその光景を見てたからかに笑い出す。


 「フハ、弱ぇのに、ハハ、突っかかってくんなっつうの! ハハハ!!」


 お腹を抱え、身をよじりながら揺れるように笑う。


 くっぴーがノイズを睨みつけ、スグに立ち上がり胸倉を掴む。


 「なにしてんの?」


 そう一言ノイズがぼそっと言うと、


 パチン。


 くっぴーの頬を平手で打ち払った。


 そして、キスでもするかのように倒れたくっぴーの間近で、


 「おまえのうたなんかだぁれもききたくねえよ」


 そう言って下品な声で笑う。


 「ウアアアアアアアアアア」


 他人のためだなんてバカらしい。ましてやオレを振り回して、好き勝手やるヤツのためだなんて、バカバカしすぎて反吐が出る。そう思っていたはずなのに、


 「テンメぇぇえええええええええ!」


 雄叫びを上げながら、部長同様ノイズに飛びかかり、振り上げた拳を、初めて人の顔にめがけて振りおろそうとしたが、


 「うぜえ」


 部長同様、軽くかわされると、そのまま腕と胸倉を掴まれ、客席に向かって、一本背負いのように投げ飛ばされた。


 「……ゲェあっ……!」


 ドンッ、と強く床に背中を打ち付け、一瞬呼吸が出来なくなる。そして、気がつけば客達に囲まれ、踏みつけられ、罵声を浴びせられ、唾を吐かれていた。


 多人数での暴力に何もする事ができず、ただジッと頭を両手でガードし、丸まって、亀のような体勢で時間が過ぎ去るのを待つしかできなかった。


 くっぴーがどうなったのか、舞台を見たいが群がる客が邪魔で見れない。


 「おい皆! クソみてえな奴らの前座なんかどうでもいいだろ! 気を取り直して、オレ等の歌でも聞いてくれや!」


 舞台からノイズのしゃがれた声が響き、客席が一体となって声援を送る。


 「んじゃ一発目から飛ばしていくからよ! 聞いてくれ!」


 そして、さっきまでならなかったアンプから、空間をぶった切るようなするどいギター音が会場を満たし、客が激しく揺れる。


 ノイズのしゃがれた声にメロディーが乗り出すと、客は暴力を忘れ、体が感じるままに踊りはじめた。


 暴力が終われば関係ない。


 オレはゆっくりと立ち上がり、舞台上のノイズを睨みつける。


 もう他に何も見えない。


 人生でこんなに怒りを覚えたことはなかった。


 ノイズと目が合う。すると、舌を出して中指を立てられた。


 ブチッ!


 頭の中で何かが切れる音がする。


 舞台に向かってオレは駆け出そうとした時、誰かに腕を掴まれる。また、客からの

暴力かと思い、


 「離せッ!」


 と吠えながら振り向くと、


 「やめとけ」


 そう言い放つゆらさんがオレの腕を、跡が残るほど握り締め、そのまま力任せにオレを会場の外まで引っ張りだした。

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