トラック23

 そんなこんなでライブの日はやって来た。来なくてもいいのにやって来た。


 天気は毎度の如く快晴。雲一つなく、凪いだ海のように真っ青な空は、見るだけで熱い。Tシャツがじわりと汗でベタつく。


 『震えるぜ! 燃えるぜ! エイドリアーン!』


 くっぴーは興奮しすぎて頭がおかしくなったのか、オレの横で訳の分からんことを書いたボードを首からぶら下げ、前回のライブ会場へのお出かけ同様、活字出来ないような文字がプリントされたシャツにジーンズとラフな格好で、拳を天に向けて突き上げながらライブ会場を眺めている。


 前回来た場所と同じそのライブ会場に、今日は準備と対バンさせてもらう『不協和音』の皆さんへの挨拶とミーティングのためにお昼から来ている。


 「おい、先に入れよぅ」


 そう言ってくっぴーの肩を叩き、裏口にある錆びた鉄扉をアゴで示すが、


 『チリトリが先に行けよ!』


 「なんだと! お前がやりたいっていったんだろ! お前が先に行けよ」


 『聞こえない。何言ってるか分かりませーん』


 そう書いて、オレの背中をぐいぐいと押す。


 「や、やめろ……やめろって!」


 怖いんだよ。前回同様、不良みたいな恐ろしい格好した連中にぶん殴られたりしたらと思うと、自然と足がすくむのは当然だろう? ここで怖じけないヤツがいるなら紹介してほしいくらいだ。


 その時、


 「こんにちは」


 扉がギギィっと、不快な音を立てながら開かれる。


 中から、半袖のシャツに、ジーンズ、ワックスで整えられた茶色い髪に左耳のどくろのピアスが印象的で、不良なテイストの衣服を身にまとっているが、清潔感ただよう男が、ニコニコとした表情で現れた。


 「あ、ども」


 軽く会釈して返すと、


 「もしかして、阿野高校音研究部の方々ですか?」


 「あ、はい」


 「これはこれは!」


 そう言って力強く両手を握られ、軽く上下に振る。


 「この度は本当にありがとうございます! オレ、不協和音のリーダーやってる、ミスターノイジーこと水谷です。ノイズって呼んでください」


 ノイズって……どうなの?


 でも、ロックって、ガサツで、喧嘩好きで常に前のめりで相手を威圧してくる人間ばっかしだと偏見を持っていたがそうではないようだ。少なくとも目の前にいる水谷、ノイズと名乗る同い年っぽい男は、礼儀がしっかりしていていかにも優しそうに見える。


 「あ、オレは――」


 自己紹介しようとした途端、さっきまで緊張していたくっぴーがオレの前に立ち、


 『わたしがくっぴー、コイツがチリトリだ! よろしくぅ!』


 ボードを掲げて、握手を求める。


 「えっと、よろしく」


 礼儀知らずで、いきなりボードで会話するくっぴーの行動になんの疑問も持たず、笑顔のまま握手をかわす。


 「でも、音研究部さんが前座やってくれてマジ助かります。オレ等、日本回ってみたくて遠くから来たんでこっちにバンドの知り合いとかいなくて、地元の人に前座してもらえたらホント心強いっす!」


 ノイズはニコニコと笑いながら気持ちのいいことを言ってくれる。


 「それより、機材の準備したいんだけど」


 急に部長が後ろからノイズに声をかける。


 「オレは、マックとでも呼んでくれ。それより、機材の準備に時間がかかるから、会場の下見ともう準備しておきたいんだが」


 「ああ、そうっすね!こっちっす、着いて来てください」


 オレ達は中へ案内された。

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