トラック22
気がつけば、斜めから差し込む、一面をオレンジ色の染めあげる夕陽に照らされていた。
「まぁこんなもんだろ」
一息ついてつぶやきながら、チリトリをギターケースの中にしまいこみ、掃除用具を楽器入れにしまう複雑な気持ちを考えながら、お尻についたホコリを片手で払う。
元々マルメロの曲はインディーズの頃から全て聞いているし、B面の曲であろうと、ライブ限定の曲であろうと、ダウンロード配信限定であろうと、全て完全に歌詞一つ間違う事無く覚えている。そのため、どこか似たようなサウンドのこの曲を覚えるのにそこまでの時間は掛からなかった。
そもそも、振るだけで音が出る訳だし。
自首練もまぁこんなもんでいいだろ。
帰ろ。
そう思って一歩踏み出した瞬間、鞄を部室に置いて来たことを思い出し頭を抱える事になった。
うぅ、どうしよ。練習を覗くの禁止とか言われてたけど……、カバンの中には明日の宿題だとか、ライブDVDやらが入っている。持って帰らないわけにはいかない。
と、いうわけで部室前の扉にやって来たわけだが、オレは空き巣犯のように扉に片耳をくっつけ中の様子を探ってみるが、練習してるような雰囲気はない。
流石に夕方だしもう帰ったのだろうと思い、良かったと安堵の息を漏らしながらゆっくりと部室の扉を開けると、
「あっ……」
くっぴーは居た。
練習はしていなく、見れば、机の上に突っ伏して、口元は半開きで透明なヨダレをテロっと垂れ流しながら静かに寝息を立てていた。
そんな姿に目を奪われ、見るからに柔らかそうな頬をつっついたりしてみたい衝動に刈られるも、まぁそんなのは理性で押さえつける。
しかし、
「黙ってりゃカワイイのになぁ」
寝ている事に油断してか、つい本音が口から漏れる。
ま、黙ってるっていうか喋らないから大人しいのかもしれないけど、こいつは全身で語り過ぎる。全身がやかまし過ぎる傾向がある。もう身体と表情がうるさい。しかし、くっぴーの現状を思えば仕方ないことなのだろうが……。
「んぅ……んん」
寝返りを打つと、腕枕の下から、何やら落書きが現れる。
もう、落書きとしか形容できないその絵は、東京ドームみたいなデカイドームで、センターにくっぴーが立って、周囲には汗なのか超常現象なのか、ダイヤモンドみたいなキラキラしたものがたくさん浮いている。その横でオレは、手とチリトリが合体してサイボーグみたいにされてしまっている。恐らく後方なのか、遠近法を知らないくっぴーの頭上で、宙に浮いて部長がなにやら四角の箱を抱きかかえていた。
その周囲には無数の棒人間がいて、俺達を煽っているのが、神に捧げる生け贄の儀式のようにも見える。
「プっ……」
そんな落書きに思わず吹き出し、両手で口を抑える。
しかし、よく見るとみんな凄い笑顔で笑っていて、本当に楽しそうにライブしているようなその姿にくっぴーを重ねる。
「私が喋るとみんな笑うから歌うとか無理だよ」そう言った哀しそうなくっぴーの顔を、本当に笑顔にしてやりたい。と、心のほんの隙間でちょっと考えてみたり、みなかったり……。
「ま、いいか」
とりあえずオレは近くに置いてあったブレザーを適当にはらってホコリを落とし、くっぴーの背中にかけてやり、カバンを持って家に帰った。
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