トラック21
「あぢぃ……」
放課後、珍しくオレは屋上に来ていた。
夏本番前の梅雨時だと言うのに、ぽつぽつとセミが鳴きはじめ、爽やかで抜けるよ
うな青空のもとで照りつける太陽がオレの肌をじりじりと焦がしていく。
「自主練!?」
「そう、昨日渡したデモはもう覚えただろ?」
部室に行き、いつものようにDVDをセットしようとした矢先に言われた部長の言葉にオレは固まった。
努力。オレは勉強以外においての努力は全て無駄だと思っている。別にプロを目指す訳でもない人間が練習してどうなるっていうんだ。だいたい、
「楽器ないし! 弾けなくても弾ける魔法のギター用意してくれるって言ったじゃないっスか!」
「用意したよ」
そう言って、真っ黒のギターケースを手渡される。
「なんすか、これ?」
「だから、魔法のギターだよ」
「はぁ……」
「ああ、詳しい説明はその中に説明書を作って入れておいたからそれを見て。それと……」
部長が周りをきょろきょろとして何かを確認すると、
「今日は部室の使用禁止な」
「なんでですか?」
「妹が、歌の練習するけど誰にも見られたくないって言うんだよ。最終日には絶対合わせるからって言ってるけど、とにかくそれまでは誰にも練習してる様子を見せたくないんだと」
「はぁ……」
分かったような分からないような曖昧な返事をし、
「じゃあ部長はどうするんすか?」
「俺は、帰って寝るよ」
そう言って部室の扉を開ける。
「あ、そうそう! チリトリさぁ、先輩……天野ほえに会いたいの?」
「え!?」
部長の突然の言葉に興奮してしまい、何も考えられなくなる。
頭は真っ白で、まるで時間が止まってしまったんじゃないかというような感覚に囚われる。
「今度のライブが、もしちゃんと成功したら、先輩のリハーサル現場に連れってやるよ。だから、頑張ってくれよ。じゃ」
そう言い残すと、部長は手をヒラヒラさせながら部室を出て行った。
一人取り残された部室。
部室に取り付けられた集合写真を眺め、
「ふぅ、さてと。猛練習すっか」
オレの名前はチリトリ。この世で一番大切だと思う事は、努力だ。
てなわけで、オレが自首練の場所に選んだのがこの屋上というわけだ。
阿野高校の屋上は生徒の強い要望と生徒会の頑張りから、高さ五メートル近くのフェンスを取り付けることで開放されることになったが、いざ開放されてみると夏は日陰がないため直射日光で熱過ぎ、結局みんなクーラーのある教室に溜まるし、冬はとにかく寒いから、これまた暖房のある教室に集まるため、今ではほとんどの生徒が寄り付かず、隅に生えた雑草はボーボーで、なんだか汚い。
実際、今屋上にいる生徒はオレ一人で、まさに人目につかず、練習には最適な場所と思ってはいたが、とにかく熱く、流れる汗でシャツがベタつく。
まぁ、文句ばっかし言ってる訳にもいかないわけで、オレはズボンが汚れることも気にせず、屋上の真ん中であぐらをかいて座った。
手渡されたギターケースを手に取り、ゆっくりとジッパーを開け、魔法の楽器とやらを拝むことにするが、
……ん?
「あれ、オレ、持って来るケース間違えたか?」
中にはやけに持ち手の長い、真っ黒のチリトリが入っていた。
いやいやいや、でも手渡されたギターケースはこれだったし……。
とりあえずチリトリを取り出そうと持ち上げるが、
「うそ」
意外に重い。それこそ、本当にギターくらいの重量がありそうだった。
そっと自分の膝の上にチリトリ? を置き、チリトリの下敷きになっていたノートをちぎったような紙を取り出してみると、奇麗な字で説明書と書かれていた。
――魔法のギター『チリトリ(名前は自分で決めろ)』
収録した曲を持ち手に取り付けられているボタンを押し、リズム通りに振るとギターサウンドが鳴る。
振るのをやめると音が止まるので、ギターを奏でようと思ったら永遠に降り続ける必要がある。
ようは、エアギターのようなものと思ってくれればいい。
説明書と呼ぶにはあまりに質素すぎる手書きの紙を元の場所にしまい、付属のミニアンプにチリトリをセット。書いてあった通りに持ち手に取り付けられている、再生マークが刻まれたボタンを押しながら軽くチリトリを振ってみると、
ジュァァアアアアアアアアン!
「――!――」
昨日聞いたデモ通りの、空気を切り裂くような素早いギターサウンドが辺りを満たした。
あまりのその完成度の高さと凄さに唖然として、手にしたチリトリを見つめる。
「でも……なんでチリトリなんだよ……」
そのちゃちぃ見た目に少し落胆しながらも、ただ振るだけならサルにだって出来る。という対した練習を必要としない気持ちに安心し、「んんっ」と軽く咳払いをしてから、
「やってみますか」
軽くエアギターをする素振りをしながらギター、じゃなくて、チリトリを振り回し、掻き鳴らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます