トラック19
「やばいだろ、これ、ヤバいだろ……」
放課後、オレはニヤける顔を抑えられず、ぶつぶつと小言を言いながら、過ぎ行く人間に白い目を向けられながら、部室に向かって走っている。
昨日の朝書き上げた歌詞。
見れば見るほどいい。自分で作ったとはいえ、とんでもないものを生み出したと自分で自負している。
「ウへヘ……」
早く見てもらいたい。
そして、皆の驚く顔と、感動する顔が見たい!
ああ、そうか。音楽やってる人って人が驚いたり、感動したりするのを間近で感じられるのか。最高の仕事じゃないか。本格的にこんな将来を視野に入れてみたりして、なんつってな!
自分の右手に握られた、映画とかによくある数億円近くが入っているような銀色輝くアタッシュケースの中には、昨日徹夜で書かれた歌詞カードが、硬質ケースに入れられ、クリアファイルに挟まれ、防水加工までほどこされている。
正直、これが世に出れば音楽界に革命を起こしてもおかしくない。ミリオンなんて当日で達成してしまうに違いない。そしてこの曲をビートルズのように様々なアーティストがカバーして、オレは寝てても印税が入って、いや、その前にマルメロがカバーして、で、ほえちゃんと接点を持つ。これが出会いだ。
脳内の妄想が止めどなく溢れて来る。
そんな妄想に明け暮れていると、あっという間に『音研究部』と書かれた扉前まで辿り着き、そのまま流れ込むように部室に入り、
「チーッス!!」
いつもよりテンションあげあげ、あげぽよマックスで挨拶。なんつって。
部室内を見渡すと、部長の姿はなく、くっぴーはプラスチックマイクからラムネを取り出してはリスのように頬を膨らませて頬張りながら、ロック雑誌を読んでいた。
オレはくっぴーの机までズカズカと歩き、ドンッ! とギャングが乱雑に奪って来たお金を置くようにくっぴーの目の前に叩き付ける。
『なにこれ?』
くっぴーは見るからに立派なケースの中身が気になるのか、目を少しキラキラさせている。
そうだろうそうだろう。もうすぐ、その期待の眼差しは感動に変わる。
想像するだけでオレの口角が半端なくつり上がり、白い歯を輝かせる。
オレはくっぴーからボードを借り、『歌詞、書いて来た』と書くと、おお! と言ったようにくっぴーの口が丸く広がる。
『見て、感動すんなよ』
こくこくとうなずくと、オレはもったいつけるように、そっとアタッシュケースを開ける。
中に入れられた一枚の歌詞カードをそっと取り出し、校長先生が賞状を手渡すようにくっぴーに渡すと、くっぴーもそれに従って丁寧に受け取る。
くっぴーはニコニコしながら、目を上から順に追っていく。
ハチミツハニーハニー 作曲mac 作詞チリトリ
ハニハニハニー マイハニー
ハニハニハニー スウィートハニー
蜜のように甘く輝く君は僕のハニー
夢で出会えたマイハニー
ラララララ
とろけるように甘い口づけ
それはもう、スウィートハニー
「自分でもう一度読んでも痺れるぜこれ!」
読み終え、感動に打ちひしがれたのか、くっぴーは肩を小さく震わせている。
まさか、泣いてんのか!?
確かに、全てを書き終えた時、オレ自身感動した。彼女のハニーとハチミツのハニーを掛け合し、甘い恋そのものを表したかのようなこのタイトルと歌詞にオレ自身ホント震えたものだ。
オレはゆっくりとくっぴーの肩に手を乗せる。
「うんうん。気持ちは分かるぞ。後はこれをしっかり練習して……ん?」
くっぴーがゆっくり立ち上がる。
「お! どした?」
どうしたのか、オレに背を向けると、マックの席の後ろのカーテンを開き、窓を開けて……
「アアアアアアアアアア!!!!!」
投げた。そしてオレは叫んだ。
「なにすんだよ! 馬鹿!」
急いで窓から顔を出し、歌詞カードの行方を探すと、
「なにこれぇ?」
帰宅途中の我が校屈指のギャル集団がオレの歌詞カードを拾い上げる。そして、
「ハチミツハニーハニー?」
一人がタイトルを読み上げると、「チョーウケる」と膝を叩いて笑い、
「みんなに見したげよー」
そう言って集団は走ってどこかへ消えさった。
なんてことだ……。
怒りに震え、床を鳴らしながら自分の机に歩み寄りノートパソコンを広げる
kuppy『なにあれ?』
書き込んで文句を言ってやろうと思っていたら先に書き込まれていた。
maluo『歌詞だよ!』
kuppy『みつばちハッチ?』
maluo『ハチミツハニーハニーだよ!』
kuppy『この腐れインポ野郎! カブトムシのエサみたいな歌作りやがって! 甘いんだよ! 胃がもたれるんだよ! 吐き気がするんだよ! しかも、こんな男が書いたと思うともう全身がかゆいんだよ!』
maluo『カブトムシのエサだと!? そんな土臭いものと一緒にすんな! まぁ聞けって! まずタイトルに込められた意味なんだけどな、ハチミツってのは』
書き込もうとすると、くっぴーはノートパソコンを閉じ、両手で目を覆う。
「聞けよ! 見ろよ!」
そんなに拒絶されるとは思っていなかった。
やっぱり、自己満足と人に受けるものはどこか違うのか……。
今頃ギャルの笑いの種にされているであろうハチミツハニーハニーを思い出すと、無償に哀しくなってきた。
kuppy『やり直し』
ピコンと音がしたと思うと、短くそう書かれていた。
maluo『なんでだよ! 言っとくが、オレはあれ以上の作品は作れない。あれがオレの最高傑作であり、オレの魂だ!』
kuppy『私が歌うんだぞ! あんなクソみたいな歌歌えるわけないだろ!』
maluo『なんだと! クソだと! チビが言いたい放題言いやがって、お子様には分かんない深みと甘さがあるんだよ! ラムネ美味しいって言ってろ馬鹿!』
kuppy『ラムネじゃありません! ドラッグですぅ! だいたい恋愛もしたことない青二才の分際で恋を語るなんて百年早いんだよ!』
んぐぐぐぐ……
maluo『なんだよ! お前だってセックス&ドラッグとか言ってるけど恋愛した事ないくせに! 下品なこと言ってたらカッコいいと思ってたら大間違いだぞ! 処女のクセに調子にのるな!』
kuppy『しょ』
そう書き込むとくっぴーは顔を真っ赤にして、頭から煙りを吹き出していた。
kuppy『処女言うな! 下ネタ言うな! 最低ッ!』
maluo『なんだっていい! オレはもう書かねえからな! あれを歌わないって言うんなら、自分で書けよ!』
kuppy『ふざけんな! 書き直せ! このニート! 幽霊部員! もうお兄ちゃんに天野ほえの件、頼んでやんないからなッ!』
「なんだとコノヤロウ!」
討論から数十分後、
「なにしてんの?」
部室に戻って来た部長は、背を向け合い、怒りに満ち満ちた表情の二人を見て困惑した表情を浮かべている。
「音楽性の違いで解散ッスよ!」
「音楽性?」
部長はいつも通りの足取りで自分の席に腰掛けると、
mac『なにがあった?』
kuppy『このファッキンインポ野郎が、クソみたいなヤク中のサルが書きそうな歌詞を書いてきやがった』
「言い過ぎだろ!」
たまらず、書き込まずに指さして怒鳴る。
mac『どんな歌詞?』
kuppy『カブトムシのエサ』
パソコンを見た部長は頭を抱えて考え、
「どういうこと?」
と直接オレに聞いて来た。
「違いますよ! ハチミツハニーハニーって曲のタイトルで、歌詞はですね、ハニ――」
部長は二度うなずくと、
mac『カブトムシのエサだな』
「なんでですか! てか全部聞けよッ!」
mac『それより』
「それよりもこれよりもないでしょ! まずはオレの歌詞を聞いてくださいよ! あ、オレ自分なりにメロディーもつけだんです! まず前奏にピアノが……」
mac『曲、できたよ』
「聞けよ! って、えええ!?」
kuppy『さすがお兄ちゃん! 聞かして聞かして!!』
部長は席を立ち、ノートパソコンのイヤホンジャックに部室のスピーカーを接続する。
くっぴーはくっぴーで、自分のノードパソコンにヘッドフォンを繋いで、完全に自分の世界に入り込もうとしていた。
ふ、ふん。どうせくっだらねぇ曲だい。オレの歌詞の良さ、深さが分かんない人間に良い物が作れるはずがない。
mac『再生するぞ』
そう書き込むと、くっぴーは軽くうなずく。
カチッとエンターボタンを押す音と同時に、部室中のスピーカーから大音量でメロディーが流れ出した。
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