トラック15

 「こんちゃーッス」


 挨拶しながら部室の扉を勢いよく開けた。


 オレの挨拶に、部長はいつもと同じように床に座り込んでスピーカー作りに精を出し、「うん」なんて返事をして、顔を上げずに右手だけあげて返して来る。


 一緒にライブデート……じゃなくて見学に行ってから丁度一週間が経った。


 あれから毎日、授業が終わったら真っ直ぐ部室に直行している。


 すれ違う友人と呼んでいいか分からない程度の奴らと挨拶をかわして、真っ直ぐこの誰も近寄らない旧校舎に入り、ホコリくさい匂いの木造廊下をギシギシならしながら部室に向かい、特に何かするわけでもなく、部長はスピーカー作りに、オレはというとこの最高のスピーカーでライブDVDを見る。


 ただそれだけの毎日。


 「あぁ、可愛いなぁ……」


 口を三日月のように吊り上げて、目尻を垂らし、もうでれでれの表情で画面の向こうで歌って踊る三人を見る。


 ブゥンッ。


 「――!――」


 突然画面が蜂の羽音のような音を立て、真っ暗になる。


 慌てて後ろを振り返ると、喜色満面の表情を浮かべたくっぴーが、リモコンを片手に椅子に片足をかけて立っていた。


 まぁこれもいつもの日常だが、


 「なにすんだよ!」


 オレの怒鳴る声に、「まぁまぁ落ち着けよ」と言わんばかりに手をパタパタと振る。


 そして、ボードにいそいそと文字を書いたと思ったら、


 『これを見ろ!』


 と、くっぴーの目の前に開かれたノートパソコンを指さす。


 オレはゆっくりと立ち上がり、ワクワクと腋を開いては閉じを繰り返すくっぴーの背中越しに回り込み、開かれた画面を見る。


 「えっと、なに……前座バンドの募集にご連絡いただきありがとうございます。この度は厳選なる審査の結果、阿野高校オトケンの皆さんに、我々『不協和音』の前座バンドをしていただくことにしました。それでは来週、ライブハウス『SHOCK』にて、詳しい話しは当日におこないますのでよろしくお願いします……」


 全てを読み終え、「ふむふむ」なんて口にしながら席に座り、ノートパソコンを開け、グループチャットのアプリを起動し、


 maluo『なにやってんの!?』


 mac『なにやってんだ!!』


 同時にオレと部長の突っ込みがチャットに刻まれる。


 kuppy『なにが?』


 くっぴーは簡単な返事を書き込むと、首を傾げながらオレと部長を交互に見る。


 オレが何かを書き込む前に、怒濤のタイプ音を立てながら部長が文字を素早く叩いていく。兄妹揃って文字を叩くスピードが異常に早ぇ……。


 mac『ライブなんて無理に決まってんだろ!』


 kuppy『無理なんかじゃないよ』


 mac『だいたい、素人が一週間後にライブなんて、世の中舐め過ぎだ』


 kuppy『できる!』


 mac『無理だ! だいたい自分がどういう状況にいるか分かってんだろ! 不可能なんだよ!!』


 kuppy『できるよ! お兄ちゃんが曲を作ってくれれば出来るよ! だからね、やろうよ』


 mac『できねぇよ! 言っとくが俺は絶対に曲なんか作らないからな』

 部室内に響くキーボードを叩く音。

 オレは凄まじい勢いで埋まって行く文字の羅列を見ながら何も言うことが出来ずただ見守っていた。


 すると、くっぴーはバチンッ! と思いっきり平手で机を叩いて立ち上がり、部長を一度睨むとまた座って、


 kuppy『やるったらやるの! 絶対やるの!』


 急に駄々をこねる子供みたいな事を書き込む。


 maluo『まぁ、落ち着いて……』


 kuppy『お兄ちゃんは、部員を一人連れて来たらやってやるって言ったじゃない! この嘘つき! インポ野郎!』


 オレの言葉もどこ吹く風やら、下品な言葉が刻まれていく。


 mac『うるさい! だいたい、やった所で恥をかくだけだろ! 恥かくような事をするな! ただでさえお前はハンデ背負ってんのに、なんでそんな無茶ばっかりやろうとするんだよ!』


 kuppy『できるもん! ベートーヴェンだって耳聞こえなくてもピアノ引いてたじゃん! それに、ちょっとくらいなら聞こえるし、だから、ね? やろうよ』


 mac『やらん!』


 kuppy『なんでよ! 意固地! アホ! ライブハウス『SHOCK』だからゆらさんだって来るよ!』


 急に、戦場で放たれたマシンガンのように連続的に叩かれていたキーボードの音がピタッと止む。何事かと思って部長を見てみると、部長は腕を組んで何やら必死に考え込んでいた。


 kuppy『アピールのチャンスだよ? カッコいい姿見せなくていいの?』


 くっぴーの追加の書き込みに、部長は腕を組み、画面を見つめながら耳たぶまで真っ赤に染め上げていた。


 しかし、部長は首を横にぶんぶん振り、内なる何かに勝つと、

 mac『うるさい! それとこれとは話しが別だ』


 kuppy『なんで! 約束したじゃん! 嘘つくの? 言っとくけど、ゆらさんって軟派な男大嫌いなんだよ。嘘つきとか超絶嫌いなんだからね!』


 部長の席から唸り声のようなものが聞こえる。


 kuppy『いーやーやーこーやーやー、ゆ~らさんに言ったろ~』


 外から見てるぶんには少し面白く、高校野球を見ているような気持ちで現在劣勢のくっぴーを心の中では応援している。


 いかんいかん。部長が負けてしまうと、バンドとか面倒なことせにゃならんようになる。頑張れ、部長!


 mac『わかった』


 部長が短い言葉でそう書き込むと、軽い溜息の後、凄まじい勢いでキーボードを叩いていく。


 mac『最後の条件だ』


 kuppy『嘘つき! なにが最後の条件だよ! 約束守れ!』


 mac『別に、聞かないんならいいんだけどな。やらないだけだし』


 くっぴーは頭を抱えて「ぬぐぐ……」と唸る。


 kuppy『条件って、なにさ……』


 部長は軽く溜息を吐くと、


 mac『お前がボーカルやるって言うなら、俺が曲を作ってやる。今度は絶対に約束は守る。でも、やらないってんなら俺は何を言われようと曲なんか作らないし、お前がバンドする事を許さない、どうする?』


 この言葉を見たくっぴーは、うつむいて小刻みに震える。


 オレはてっきりくっぴーがボーカルをすると思っていたけど、どうやら違ったみたいだ。それより、ずっとうつむいて体を震わせているくっぴーを見る限り、音痴なのか? そんなにバンドをやりたいのに歌うのが嫌なのか? 家族の事情なんて何も分かっていないオレはただ頭をハテナにするしかできなかった。


 そして、


 kuppy『あほ』


 短くそう書き込んだ瞬間、くっぴーは部室を飛び出して行った。


 「え? お、おい!」


 オレの呼び止める声なんか聞こえているはずもなく、部長はと言うとパソコンから背を向けてまたスピーカー作りに戻っていた。


 どうしていいか分からず、とりあえずオレはくっぴーを追いかけるように部室を飛び出した。

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