トラック11

 三曲流れるように目の前のバンドが歌い終えると、「サンキュー!」と大声で叫び、片手を振り上げて舞台裏に消えて行った。


 「ふぅ、終わった」


 何もしていないのにとにかく熱い。蒸し暑い。肉まんの気持ちが少し分かった気分だ。


 「なぁ、く――」


 横のくっぴーを呼ぼうとした瞬間、突然の光景に言葉を失った。


 客が増えた。


 さっきまで外にいた、ゴスロリ女子や、特攻服に身を包んだ見るからにヤンキーな連中が、会場内に押し入ってきた。


 「じ、じぬぅ……」


 会場内に人間が増えたことにより、熱気が増す。


 ちらっと横目でくっぴーに目をやると、


 『これからが本番だよ!』


 とボードに書いて、親指を立てていた。


 「マジかよ……」


 溜息と共に言葉を吐き捨てた瞬間……。


 「「きゃあああぁぁぁ!!!」」

 「「うぉぉおおおおお!!!」」


 黄色い声援と、野太い声援が一気に空気を裂いた。


 「なに!? なに!?」


 たまらず、会場に目をやると、『祟姉妹』となんだか忌々しいペイントで書かれた旗が立てかけられ、奥から二人の人影が現れる。


 カラフルな照明が当てられると、その姿がハッキリと見えた。


 舞台のセンターに立ち、マイクスタンドに手を掛けた、小柄で真っ黒なメイド服に身を包んだ少女は、何故か目に眼帯をしており、彼女のファンなのか、彼女を模したような眼帯を付けたゴスロリ女子達が『百合様~~~~ッ!!』と甘い声援を送っている。その内何人かは『ひゃうぅん』とか訳の分からない声を出して気絶している。


 かたや、その若干後ろ右サイドで、なんだか武器みたいな真っ白なギターを手にする女性は、百合様と呼ばれる少女とは正反対の容姿で、ジーンズに黒のタンクトップ姿とシンプルな格好だが、スラリとしたモデルのような体型も手伝い、ひどく魅力的に見える。しかし、百合様同様、顔には眼帯ではないものの、真っ赤なバツ印が目立つマスクを着用していた。


 そんな彼女に向かってなのか、特攻服集団が「ゆらさ〜ん! お勤め、ご苦労さまです!」と、野太い声援を送っていた。


 横にいたくっぴーは、声援こそ送らないものの、小さな拳を天に向かって突き出して、憧れと羨望の眼差しで舞台に立つ二人を見つめていた。


 オレはというと、

 「こぇぇよぅ……」

 前後に囲まれた特攻服姿の集団に恐怖し、震えていた。


 そりゃ仕方ないだろう?


 「こんばんは、祟姉妹です……」


 ボーカルの百合様が、ボソボソと何か呪文のようにつぶやく。それと同時に、会場内が異常な静けさに静まり返る。


 「……今日は、来てくれてありがとね……ふふ」


 「な、なぁくっぴー。あの子、こぇぇんだけど……」


 耳元でくっぴーに囁くも、くっぴーの視線は舞台から一切離れない。


 ギュイイイイイン!


 「今度はなに!?」


 突如、舞台からとんでもない楽器の悲鳴のような音が鳴ると、


 「テメエ等! 盛り上がって帰らねえとマジ……埋めっゾ?」


 ゆらさんと呼ばれていた、男らしい女性がマイクもなしに大声で叫ぶと、


 「「イェェアアアアアアアアアア!!!」」


 会場が怒声のような声援で埋まった。


 オレは溜まらず耳を塞ぎ、横にいるくっぴーは、自分の頭上に両親の仇でもいるのか、ぶんぶん拳を振り回している。


 「そんじゃ、一発目から飛ばすぜッ! オーバードライブッ!」


 ボーカルの百合様ではなく、ギターのゆらさんがそう叫ぶと、タワーのように積まれたスピーカーから、強烈な爆破音のようなものが響き、空気が震えるのを直に感じる。鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの大音量に両耳を塞ぐが、そんなの関係ないと言わんばかりに、耳の中に音の塊がズカズカと入り込んで来る。音の圧力で身が潰されそうになる。


 周りは音に会わせて体を揺らし、激しく頭を振るものも現れる。


 一発目から凄い勢いだ。マルメロのライブなんかとは全然違う。


 ゆらさんの凄まじいギターサウンドがしばらく駆け抜けると、突然、百合様のボーカルが入った。


 そんな暴力的なギターとはまったく違い、ハスキーで奇麗な歌声が会場を満たし、ゴスロリ女子たちは、そんな声に懺悔するかのように、両手を胸の前で合わせ、目をつぶって聴いている。


 そんな光景に目を奪われていると過激なパフォーマンスがどんどんエスカレートして行き、


 「テメエら行くぞゴルラァ!」

 ゆらさんが雄叫び、ギターを思いっきり一度弾くと、百合様に預ける。

 音が消え、百合様の独唱が始まる。


 美しく、優しげなその歌に、ゴスロリ集団は涙を流している。

 「え?」


 ゆらさんは何をしでかすんだ? そう思って舞台を見るとそこに姿はなく、頭上に何か気配を感じたと思い見上げてみると、


 「ハ、ハハ……マジ……?」


 両手を広げて、まるで鳥……というより、天狗のように羽ばたいていた。


 当然人間が飛べるはずもなく、


 「うゲェ……ッ!」


 オレはゆらさんにフライングボディプレスを決められていた。


 そのまま、ゆらさんは胴上げのような形で舞台に戻され、またギターを奏で始める。一体何がしたかったんだ。


 そう思って立ち上がろうとするが、


 「いだッ! あいだッ!!」


 盛り上がるファンはオレに一切気付かず、踏む、踏む、踏む。


 頭上からストンピングの嵐が降り注ぎ、オレは身を守るため亀のような体勢になり、曲が終わるまで我慢することにしたが、一向に曲が鳴り止むことはなく、ブレイク、MCなしでそのまま一気に駆け抜け、約四十分間近く、ボコボコにされ続けた……。

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