トラック7
さて、現在時刻は朝の六時。場所は約束した駅前である。
気持ちよく目覚めさせてくれる小鳥のさえずりが少しずつ聞こえ始め、目の前の公園では、健康を目的とした太極拳をしているおじいさんや、ラジオ体操をしている小学生の気だるそうな姿が目に入る。
「……はふぅ……はふぅ……」
乱れた呼吸が止まらず、過呼吸気味な辺な吐息が昨晩から漏れ続けている。
頭の中は真っ白で、心臓はもう破裂しそうな程バクバクと鳴って、口の中はカラカラに乾きまともに声もでない。
この緊張は、とてもじゃないが、人という字を百回以上飲込んでも収まりそうにもない。
約束の時間は十六時。つまり、それまで残り十時間ほどあるということになる。緊張で十時間も持てるかどうかが心配だ。
約束とはもちろん、昨日の部室で行われた討論の間に生まれたライブを見に行く約束というものであり、二人きりというものである。
肺が痛くなるくらい目一杯空気を吸い込み、
「デートじゃないですかぁッ!!」
雲一つない、奇麗な青空に向かって叫ぶ。
公園に止まっていた鳩が、オレの大声に驚いたのか、バサバサと飛び去っていく。
うぐぅ、言葉にすると緊張が半端じゃない。
落ち着くために、ちょっと、昨日の家での出来事を思い出してみる。
「なぁにがマルメロは口パクアイドルだよ! ったく!」
帰宅してもくっぴーとか名乗る不謹慎極まりない少女の言葉が頭から離れず、やりきれない怒りをベッドにぶつけるように鞄を投げる。
ボスンと音を立てて、カバンはベッドの上で柔らかくバウンドした。
「馬鹿にしやがって、なにがロックンロール魂だ。んなもんねぇよ!」
そう言いながら、パソコンを起動し、すぐに音楽サイトへ移動。何度も聞いたマルメロの曲を再生する。
『~~~~♪』
パソコンのスピーカーから流れるアップテンポなリズムに体をたくしながら、ノリにノって制服からいつものライブTシャツに半パンとラフな姿に着替える。
まったく、この曲のどこがエセロックだ。
だいたい、ロックの定義ってなんだよ。音楽ジャンルの定義として、ポップもロックもさほどの境目が見当たらないじゃねえかよ。つまりだ、今聴いてるこの曲だって、彼女たちが『ロック』って言ってんだから立派な本物のロックじゃないか! それをなぁにが偽物だ。なら本物のロックンローラーとやらを連れて来いバカタレ!
明日、くっぴーの言う本物のロックとやらを見て、オレの持ちうる知識を使って全力で論破してやろう。
となればこれからやる事は一つ。
まず、反抗材料としてロックについての知識をつけることだ。
パソコンの前に座って、インターネットで『ロック』なるワードを検索してみる。
が、リンクをつたって飛びに飛んでいると、気がつけば『マルメロの天野ほえ、デート発覚か!?』などのデマでガセでクソ下らん、記者を訴えて社会的に抹殺してやろうか! と怒りを覚える記事に飛んでいたりする。
「まったく、誰だよこの写真の女は! ほえちゃんはこの時間、レッスンだったっつうの!」
嘘の記事にイライラしながらも、次々とあらわれるリンクをクリックして飛んでいく。
…………
あぁ、ダメだダメだ。
興味のないものはいくら調べても頭に入らん。
結局、気がつけばいつもの日課であるファンサイトを巡って情報を集め、ブログの更新しかしていなかった。
「あれ?」
普段ならスルーしかしないような、広告記事が目に止まってしまった。
『今流行のライブデート特集!』
デート? ライブ?
考える人のように頭を抱えて言葉の意味を考える。
待てよ。女の子+二人きり+ライブ=デート?
オレはゆっくりと立ち上がり、静かに窓を開ける。
「ふぅ」
夜風を浴びながら軽く溜息を漏らしつつ、夜空に浮かぶ奇麗な満月を見て、
「デ、デデデ……デートォォォオオオ!!」
近所迷惑なんて度外視して、月に吠えるオオカミのように叫べる限り叫んだ。
すぐ下で犬の散歩をしている老人が突然の大声にビクンと体を震わせたのが見え、ふと我に返り、窓を閉め、身を隠すようにその場にしゃがみ込んだ。
「なんてこった……」
生まれてこのかた、デートなんて経験がない。
中学でマルメロにハマり、学校内ではアイドルオタクなんてレッテルを貼られ『キモイ』の一言で女子は誰もオレに近寄らなかった。
そんな、オレが、デートを! 明日! するッ!
来たか、ついに、人生に三度訪れると言われているモテ期!
ワケも分からず、生け贄を前にして踊り狂う狩猟民族のように体を上下運動させながら部屋をグルグル回る。
まぁ、アイツ、いや、くっぴー。口は悪いけど顔は可愛かった。服装だってオシャレだし、体は小柄だけど、逆にそれがチャーミングで……。
「待てよ!」
冷静になり、もう一度ゆっくりと頭を回転させる。
となるとだ、前もって準備をしなければならないはずだ。
部屋の扉を開け、
「母さあああん! お母さあああああん!!」
下で晩ご飯の食器の片付けをしてるであろう母を大声で呼ぶ。
「うるさい!」
母は顔を決して見せる事なく、おそらく洗い物をしながら怒鳴る。
「昨日洗濯した服とパンツ、どこに閉まったあああああああ!!」
「はぁ? 何?」
「だぁかぁらぁ! 昨日洗濯した服とパンツ! どこに閉まったかって聞いてんだよ!!」
「一番上のタンスに閉まってるっていっつも言ってるでしょ! だいたい、あんたの部屋、変な女の子のポスターばっかり、ちょっとは片付け――」
「うるせえ!」
バタン。と力いっぱいドアを閉め、長くなりそうな話しを無理矢理断つ。
普段ならすぐ下に降りてマルメロについての良さを語り、討論に発展するが、今日は勘弁しておいてやる。まずはデート……もとい、女子とのお出かけに着ていく服装の準備だ。
タンスの一番上から洗濯されたばかりの奇麗な服とパンツを取り出し、床に広げ、腕組みしながらそれらを眺める。
無地のTシャツにボクサーパンツ。そしてジーンズか……。
「クソッ! もっとオシャレを勉強しておくんだった!!」
今まで自分で買った事のある服と言えば、ここにズラッと並べられた二十は越えるライブTシャツの数々のみ…。
流石に、ライブTシャツなんて着ていけねえよ……。
自分の服装への無頓着さを恨みながら、藁をもすがる勢いでタンスを物色するが、似たような服しか見当たらない。
バイト代、お年玉を服に当てるなんてバカバカしい。そんなもんはビッチのすることだ! なんて言いながらマルメロのグッズを買い込んでいた自分をぶん殴ってやりたい。いや、そこについては反省はしていないが、せめて、せめて一着でいいからなんかオシャレな服を買っておくべきだった……。
「まぁいい。服はこれでいい。だいたい男の価値は服装じゃない! 心だ!」
となれば、女性へのジェントルメンな対応を身につける必要がある。
というわけで情報の海、ネットへと旅立った。
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