トラック6

 ただジッと座る事十分。


 こんなに何もしない時間が幸せだった事はない。


 天野ほえちゃんがかつて座っていた椅子に座り、他のメンバーが青春を謳歌した部室を一望する。それだけでオレは何年でもここで暮らせそうな気がする。


 「あのさ、なんでウチに入部すんの?」


 口数の少ない部長の声に少し驚いたが、

 「なんでもなにも、マルメロのメンバーが居たからですけど、他に理由が必要ですか?」


 「ふぅん……あっそ」


 どうも部長には嫌われてはないにせよ、迷惑がられているような気がする。


 仮にもマルメロのメンバーと共に青春を謳歌した人物、とんでもない裏情報などを知っていてもおかしくない。となると、そう言った情報を教えてもらうためにも今後とも仲良くしておく必要がある。


 となれば、今後のコンタクトを考え直す必要があるな。


 「あの、部長。この部活は一体何をするんですか?」


 「何してくれてもいいよ」


 「ほう。自由ですか。素晴らしいお言葉ですね」


 「…………」


 「…………」


 ふむ。会話がまぁ続かない。


 せっかくコチラからアクションを起こしているんだ。もっと食いついて来てくれてもいいじゃないか。『そういえばマルメロのメンバーはね……』なんて裏情報に繋がる会話をしてくれたっていいじゃないか。もったいつけやがって。


 んんっ、まぁ気を取り直してリトライだ。


 「何をしてもいいってことは、ここにあるテレビでDVDを見たり、ゲームしちゃったり、もう何をしちゃってもいい感じなんっすかぁ?」


 冗談交じりに部室の隅に置かれた小さめのテレビを指さして聞いてみるが、

 「ああ、別に構わないよ」

 と、予想していなかった返事が帰ってきたことに少し驚いた。


 しかし、許可を得たのは確かだ。スグに床に置いていた学生鞄を机の上に置き、中からマルメロのライブDVD初回限定版BOX(持ち運び用)を取り出し、DVDプレーヤーにセットする。


 「じゃあ、オレ本当にDVD見ますからね?」


 念のために再度部長に確認をとってみるが、部長は片手をひらひらさせ、「好きにしていいよ」と一言言うと、また作業に没頭する。


 「んじゃまぁ、遠慮なく」


 そう呟きながら、再生ボタンを押す。



 ドォォォンッ!



 えええええええええええええええええええええええええええ!?


 オレの頭の中は今、この文字で埋め尽くされていた。


 強烈な空気を震動させるほどの爆発音が背後から鳴り響き、咄嗟に机の下に滑り込んだ。そして、流れるような動作で両耳を塞ぎ、まるでミサイル攻撃を受けた戦地の兵士のように対爆防御の姿勢をとる。


 しかし、いつまでたっても粉塵が巻き上がったり、肌の産毛を焼くような爆風や熱波が来る事はなく、そのままマルメロのライブに合わせて大音量でDVDが再生され始めた。


 オレは慌ててリモコンをとり、ホームスチールを決めるような流れる動作で一時停止ボタンを押す。


 「なに!? え! なに!?」


 辺りをきょろきょろと見回す。


 部長はあの大音量を対して気にも止めず平然と作業をし、その他にこれといって変わった光景はない。


 「部長! 聞きましたよね! 今、ものすっごい音でマルメロのオープニング流れたの聞きましたよね!?」


 部長は何も言わず、壁のように積まれた箱を指さす。


 間近で見てみると、

 「あ、なるほど……」

 よく見てみると箱は全てスピーカーになっていて、その一部のコードがテレビのイヤホンジャックに繋がれていた。


 「もしかしてですけど、部長って、スピーカー作ってたりします?」


 部長は何も言わずにうなずき、

 「最高の音で音楽を聞きただろ?」

 なんかいかにも職人っぽい事を言って、また作業に没頭しはじめる。


 まぁ、なんにせよ最高の音で聞けるにこしたことはない。


 確かに、さっきの一瞬でここにあるスピーカーがただものではない事が分かったし、ライブのような熱量はないにしろ、それに近いクリアでリアリティの高い音が実現されているような気がした。ここにある一つ一つのスピーカーはただものではないのだろう。


 なんだか感慨深い思いで、並べられたスピーカーを眺めるが、また、このまま再生してはまたさっきの爆発音のようなドデカイ音が鳴ってしまっても心臓に悪いだけだし、適度な音量に下げてから再生ボタンを押す。


 クリアでリアリティのある歓声がスピーカーを通して伝わって来る。


 テレビ画面に写るマルメロの三人は、まばゆい七色のスポットライトの光に、頬の汗をきらめかせながら、決して上手いとは言えないドラムやギター、ベースをかき鳴らし、なぜか心に響く歌を歌い上げる。


 頑張ってる人は美しいとはまさにこの事だ。汗まみれのその表情がとても輝かしく、キラキラ光って見える。間違いなくオレの目に映る彼女たちは世界で一番美しいのだ。


 そんな三人の努力の結晶である歌と踊りを見ていたら、もう穴が空くほど見た同じ内容のDVDでも軽く涙が頬を伝う。


 「そんなにマルメロ好きなんだ」


 「へ?」

 突然、部長から話しかけられたことへの驚き、言葉を詰まらせてしまう。一旦再生されているDVDを一時停止させ、制服の袖で目元を拭ってから部長に向き合う。


 「大好きですよ。好きとかいう次元は超えてます。彼女たちはオレの人生であり、青春です」


 握り拳を作って、選挙演説のごとく力説する。


 しかし部長はというと、「ふぅーん」と、聞いたくせに対した興味もなさそうに一言返し、一番奥にある、元は校長が座っていた席であろう立派な椅子に腰掛けた。


 「そういや、部長、まだ自己紹介してなかったですよね。オレの名前は――」


 ――バンッ。


 まるで言葉を遮るかのように激しく扉が開かれ、慌てて振り返ると、昨日のお絵描きボードを持った、くっぴーと名乗る少女が立っており、オレと目が合うとなんだか目が星になるくらいの満面の笑みを作って人差し指を立て始めた。


 昨日から思っていたが、あの決めポーズのようなものは一体なんなんだろうか。


 くっぴーは、重そうな鞄をせっせとオレの向かいの席に運ぶと、額の汗を拭って、「ふぅ」と一息ついた。


 昨日はうやむやになってしまったが、今日からオレもここの部員。彼女の勧誘によってここで共に青春を謳歌し、マルメロの奇跡を辿るいわば仲間、同士だ。


 オレは立ち上がって少女の前に立ち、


 「オレ、入部することになった、水……ん?」


 軽く自己紹介をしようとしたら、くっぴーは、人差し指を盾、自分の口元に立てた。ようするに、静かにしろと言うことだろうか? とりあえず言われた通りに黙ってうなずいてみる。


 その様子を見てくっぴーが何やらボードに文字を書き始めると、


 『お前のつまらねえ話しで私のノーミソをとかすともりかッ!』


 オレの目の前にそう書かれたボードを提示し、舌を出しながら首が取れるんじゃないかと心配になるくらい、上下に激しく振りはじめた。


 「…………」


 そんな理不尽な言葉と行動に頭にきたとは思う。確かにムカムカッときた。でも、それより先に、目の前のこのくっぴーとか言う少女は『逝ってる』と感じ、本物のクレイジーと言うヤツに触れた気がして、もうなんとも言えない感じになってしまった。


 関わってはいけない人間なんだ。


 そう思うと後は簡単で、なるべくくっぴーに触れない様にオレは行動を取るだけ。


 彼女に背を向けて、自分の席に腰掛け、


 ――ちょんちょん。


 DVDの再生ボタンを、


 ――ちょんちょん。


 …………


 ――ちょんちょん。


 なぜに、コイツはオレにここまで関わろうとする。


 ずっと肩を叩かれ、こっちを向けといわんばかりにその力は徐々に強まっている。

 無視しとけ。関わっちゃダメだ。こいつはクレイジー、逝ってやがるんだ。狂ってやがるんだ。オレみたいな凡人が対応できる相手じゃない。


 ――ゲシゲシ。


 ついには背中に八回攻撃のばくれつけんを決めてきやがった。


 ううううう。


 ――ゲシゲシ。


 「もうなんだよ!」


 このまま我慢していたら、胃が溶ける。


 たまらず振り返ってみるが、


 『FUCK!』


 ブチブチィッ!


 頭の内側から何かが切れる音が脳内に響き渡った。


 オレの怒りを逆撫でするように、くっぴーは『FUCK!』と書かれたボードを首から下げ、あからさまな挑発的態度で舌を出している。


 FUCKだのなんだのって、一体オレが何したってんだ。いや、確かにチリトリ齧りながら歌を歌ってたけど、ここに引っ張り込んだのはコイツじゃねえか!


 昨日の少女とのやり取りを思い出し、昨日からの態度の悪さに腹が立つが、

 「あっ!」

 一つの仮説に辿り着き、ポンと手を叩く。


 そうか! コイツはもしかしてオレの胸元につけられたマルメロの缶バッジを見て、元々マルメロが入部していたこの部活に誘ってくれたのか? もしそうだとしたら、この少女は同士ということになる。


 同士となれば話しは別だ。いくら悪態をつこうが、マルメロが好きな人間と、イッツアスモールワールドが好きな人間に悪い人間はいない。それならば昨日の不始末は奇麗に水に流して、


 「そういう事か! よろしくな!」


 オレが持ち得る最高の笑みを作り、ズボンで奇麗に右手を拭いてから握手を求めるように差し出すが、


 「…………」


 鞄の中を漁る事に集中してオレの話しを無視しやがった。


 もういい。コイツはもういい。ダメだコイツは。


 ムカムカと胃に痛みを感じながら、オレは溜息を吐いて、くっぴーから背を向けて、ライブDVDに目を向け再生ボタンを押す。


 丁度MCも終わり、これから曲に入る。マルメロのライブは序盤から中盤にかけるまでMCとブレイクなしで一気に駆け抜けるため、一発目から最高潮に盛り上がる。


 「うっし、やるぜぇッ」


 オレも、ライブパフォーマンスに備えて腕をグルグルと回し準備を始めるが、


 ブゥンッ。


 突如、音を立ててテレビが消えた。


 「わああああああ! なんで!?」


 後ろを振り返ると、くっぴーがリモコンを持ったまま険しい表情で、いつの間にかオレの机の上に置かれた白いノートパソコンを起動させろ。とでも言いたげにアゴで示して来る。


 「わぁったよ! クソッ! クソッ!」


 ブツブツ文句を言いながら起動すると、デスクトップにグループチャットアプリのアイコンが一つだけあり、後ろからオレの様子を見守っているくっぴーが、アイコンを指さす。


 「なんだよ。口で言えよ! そんなにオレと話したくないのかよ。アホッ」


 さっきからの苛立ちも含め、強めに文句を言ってみるがこれもまた無視。


 はぁ。と、露骨に大きく溜息を吐いてグループチャットのアプリを起動させ、自分の自宅用ログインIDとパスワードのメールアドレスを入力し、ログインする。


 すると、『Maluoさんがログインしました』とパソコンに表示され、ログインが完了した事を確認すると、くっぴーは向かいの席に座り、自分のノートパソコンを起動する。


 ログインの作業に集中していて気がつかなかったが、気がつくと部長もノートパソコンを広げてカタカタと作業しているようだった。


 ピコン。


 パソコンから軽快な提示音が鳴り、見てみると、『kuppyさんが友達申請しています。承認しますか?』の文字が現れていた。


 パソコン越しに向かい側の少女を覗き見てみると、ニコッと笑いながら、パソコンを指さしている。どうやら申請しろって意味のようだ。


 「うし、拒否!」


 ボタンを押した瞬間、

 「痛ぇッ!」

 リモコンで頭を殴られた。


 『いいから、しょうにんしろ! このファッキンクソヤロー!』


 ボードにそう書いて、フーッ、フーッと、まるで野良犬のように肩で息をしながら鋭い目で睨みつけられた。


 「わかりました、わかりましたよ! ヘイヘイヘイヘイ!!」


 野球部のノックのようにブツクサ文句を垂れながら、もう一度現れた友達申請の画面の承認ボタンをクリックすると、もう一人『macさんが友達申請しています。承認しますか?』と表示が現れた。


 「ああ、それ俺だから」


 部長は一言そう言って、またパソコンでカタカタと何か作業を始めた。


 部長の友達登録も完了すると、オトケン、と書かれたグループが作られ、三人でのグループチャットが可能となった。


 kuppy『よう。チリトリ! 改めて自己紹介させてもらうけど、私がくっぴー。で、向こうに偉そうに座ってるのがわたしのお兄ちゃんね』


 maluo『え!?』


 突然の発表に立ち上がり、慌てて二人を見比べるが、


 「に、似てねぇ……」


 思った事がボソっと口に出てしまう。


 kuppy『何してんのさ! さっさと座りなよチリトリ』


 maluo『チリトリ? それ誰?』


 kuppy『そこのクソ野郎以外いねぇだろ! ファック!』


 たまらずキーボードを叩いて立ち上がり、くっぴーと名乗る少女を睨みつけ、直接文句を言う。


 「あのなぁ、いい加減にしろよ! 人の事散々ファックファック言いやがって! だいたいお前なぁ――」


 ピコン。


 パソコン上に新規のメッセージが掲載される。


 kuppy『何言ってるか全然分かんねぇ』


 「こんの……んぐ、ぎぎぎぎ……!」


 奥歯が軋むほど噛み締めながら勢い良く座り込む。


 そうか。あくまでも、チャットでしか会話しねえつもりだな。それならば話しは簡単だ。


 指をボキボキと鳴らすと、ブログで鍛えたタッチタイピングの力を駆使して、凄まじい勢いでキーボードを叩いて行く。


 maluo『お前いい加減にしろよつってんだよ! だいたい』


 kuppy『あ、そうそう。お兄ちゃんが部長って呼ばれるの嫌がってるから、これからはID通りでmacって呼んであげてよ』


 「早ッ!」


 オレの倍近くの速度で、コメントを上書きされていく。


 maluo『人の話し聞けよ!』


 kuppy『macって読める?マック、あ、まっくね』


 maluo『読めるわそんくらい! それに、カタカナも読める! 一々ひらがな表記にすんな!!』


 オレの怒りもどこ吹く風。くっぴーは昨日とは色が違う、黄色のプラスチックマイクから白いラムネを取り出し、複数口に含んで、バリバリと音を立てながら飲込むと、オレの顔を見てニヤッと笑った。


 kuppy『あげないよ』


 「いらねえよ!」


 kuppy『これはね、ドラッグだよ。食べたらハイになっちゃうんだよ。あぁ、ぶっ飛ぶぜ!!』


 はぁ?


 「嘘付け! どこの女子高生がドラッグだなんて……」


 いや、待てよ……確かに普通ならあり得ないだろうけど、このくっぴーとか言う少女には、怪しい点がいくつも見られる。人の話しを無視して、口の悪い言葉で罵って、チビで……。


 目の前に座るくっぴーの様子を見てみると、プラスチックマイクを鼻と唇の間に挟もうと切磋琢磨している姿が目に入った。


 ああ、違う。こいつはただのアホだ。


 しょうもない一言に余計な時間を費やしたことにガクリとうな垂れる。


 kuppy『どうしたチリトリ?』


 maluo『うるせぇ! チリトリって呼ぶな! オレの名前はみ』


 「アウチッ!!」


 名前を記入しようとした瞬間、ノートパソコンを力いっぱい閉じられ、指を挟まれた。


 真っ赤に腫れる指にフー、フー、と涙目で吐息を吹きかけ、雀の涙程度の治療をほどこすが、あまり意味もなく、ヒリヒリとした痛みが指先に残る。


 「なにすんだよ!」


 『ファック! これからは本名ではなくニックネームで呼び合おうぜ!』


 くっぴーがお絵描きボードを何度もバンバンと叩きながら、熱く語っている。


 コイツ、何言ってんだよ。チリトリなんてあだ名、イジメ以外のなにものでもないじゃないか……。


 「はぁ、もういいよ、なんでも」


 諦めモードでもう一度椅子に座り、パソコンを広げる。


 kuppy『いい? ニックネーム! それは人と人の距離を縮める素敵な言葉。分かった? もう一度言うけど、チリトリはチリトリ。私はくっぴー。んで、お兄ちゃんはMACね! 部長とか呼ばなくていいから。オッケー?』


 maluo『はいはい。なんでもよござんすよ』


 何を言っても無駄だと感じ、もう適当に相づちを打っておくことにする。


 kuppy『だいたい、チリトリは胸にROCKを刻んでるクセに、ロックンロール魂をちっとも感じないぞ。どうしたんだよぅ。もっと熱くなれよ!』


 は?


 突然、猛烈に熱いテニスプレーヤーみたいな事を言われてぽかんとだらしなく口をあんぐりとさせてしまう。書かれた文字の通りに自分の胸を見直すと、確かに『ROCK 』と書かれた缶バッジが胸にキラリと光ってはいたが、これはロックンロールがどうとか、魂がどうとか、そういうのじゃ一切なくて、マルメロのオリジナル缶バッジなだけである。


 malup『いや、もしかして、このバッジのこと言ってんの?』


 kuppy『そうだ。かっこいいぞ、そのバッジ』


 ノートパソコン越しに、くっぴーが親指をグッと立てて微笑んでいた。


maluo『いや、あのな、これはそのロックとかじゃなくて……マルメロって知ってる?』


 kuppy『知ってるよ。あの口パクアイドルグループでしょ』


 ブチッ。


 本日二度目の何かが切れる音が頭の中で響いた気がする。


 このままでは脳の血管が切れて死んでしまいそうな気がする。


 そんなオレの心の底からふつふつと湧き立つ怒りをよそにくっぴーはキーボードを軽快に叩く。


 kuppy『ホント、お祭りの金魚みたいに口をパクパクさせちゃってさぁ、バッカみたい。あんなのがロック語ってるって笑っちゃうよね。ファックだよ! ビッチだよ! ビッチジャップだよ!』


 ブチブチィッ。


 kuppy『チリトリはまさかと思うけど、あんなエセロック好きでもなんでもないよね?』


 ブチンッッ!


 maluo『こンの野郎! 言いやがったなッ!』


 気がつくと、オレは怒鳴りながらキーボードを叩いていた。


 maluo『口パクって言うな! だいたい口パクってのはなぁ、歌うフリっていうのはなぁ、実際に歌うよりもよほど音楽そのものを感じさせるんだぞ!常に同じパフォーマンスを披露できる、ファンを裏切らない最高の手法なんだよ!ノドが潰れて調子悪いとか関係ねぇんだよ!』


 kuppy『ファック! なんなの? あのテレビドラマとかCFのタイアップとか明らかに意識してますみたいな曲は。どれもこれも似たような音楽ばっかしで、聴いててあきれるよ。ありきたりのボーカル、ありきたりの8ビート、どこかで聴いたことのあるようなギターとかドラムの音色。あげくの果てには、恋がどうした愛がどうしたって、日常的な感想をダラダラダラダラ歌にして喋っちゃって。ありゃあクソだね。あんなのがロックとか語っちゃうから「ロックは死んだ」なんて言われちゃうんだよ!』


 「くッ――」


 言いたい放題言われるオレじゃない。


 何か言い換えそうにも、くっぴーの叩くキーボードのスピードが異常で、とてもじゃないがオレの反論が間に合わない。


 kuppy『だいたい、口パクがロックだって? 笑わせやがって。だったら家でヘッドフォンでもして大音量で聴いてりゃいいじゃない。調子の浮き沈みがあって、その時にしか聞けない最高の音楽ってのがロック! 分かる? 今この瞬間にしか聴けない音楽ってのがロックなの! チリトリのその胸に刻まれたロックンロール魂はどこへ行った!』


 maluo『だから、これはロック魂とかじゃなくて、マルメロ魂って事なんだよ! だいたい、ロックってなんだよ!』


kuppy『そんなの決まってるじゃん。セックス ドラッグ ケンカ、やっちゃいけないことを極めるのがロックだよ!』


 「え!? セック……ええ!?」


 思春期真っ只中のオレには口に出すことすら恥ずかしい言葉を平気で打ち込んだくっぴーは「ふぅ」と軽く溜息を吐き、欧米人のようにやれやれといった感じで肩をすくめる。


 kuppy『わかった。チリトリには人間、生まれた時から持っているロックンロール魂を今一度蘇らせる必要があるみたいだね』


 maluo『いや、そんなん持って――』


 オレが書き込む返事すら待たずにくっぴーはキーボードを叩き続ける。


 kuppy『丁度明日は祝日で学校休みだし、ライブ見に行くよ』


 maluo『はぁ? 何を言ってんだよ』


 kuppy『明日、わたしが知ってる最高のロックンローラーがライブするの。そのライブを一緒に見に行こう。チケットならお兄ちゃんの分あげるし。そしたら、マルメロとかいう偽物に侵された心に再びロックの火が燃え盛るはずだよ!』


 くっぴーは打ち終わった自分のパソコンの画面を見て、うんうんと一人で腕を組みながら頷く。


 コイツ……。しかし、相手を黙らせるにはまず、開いての土俵に立ち、その上でねじ伏せる必要がある。


 maluo『いいよ。そんかし、それが終わって、お前の言うそのロック魂に火が点かなかったら、「マルメロ涙の東京ドームライブ』全三日間、合計四百五十分プラスメイキング映像六十分を三回ずつ、オレと一緒にこの部室で見てもらうからな!』


 こうなったら、意地でもマルメロの素晴らしさを思い知らせてやる必要がある。見ながらコイツの耳元でオーディコメンタリーばりの解説を聞かせ続けて、あげくの果てにはマインドコントロールまでしてやる。


 kuppy『ファック! いいよ全然。どうせ明日になったら頭振りながら家に帰ってるんだから!』


 どんなんだよ。もはやただの薬物中毒者じゃねえのかよ……。


 kuppy『とにかく、明日、夕方の四時にうちの学校の最寄り駅に集合ね! 以上!解散ッ!』


 そうかき込むと、くっぴーはノートパソコンを力強く閉じ、ラムネを口に含んでから、オレにバシィッと人差し指を突きつけた。


 窓の外は、さっきまでオレンジ色だった空が、分厚い雲に隠れて暗くなっており、同時に、放送部による、下校を促す放送が流れた。

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