トラック5

 日直の号令が終わると、まるで体育会部員のように真っ直ぐと急ぎ足で音研究部へと向かう。


 今朝、学校に来てすぐ職員室に向かい、入部届けも無事提出し、これからは音研究部の部員となった。


 担任の話しによると、音研究部。通称オトケンは、去年まで軽音楽部だったらしいが、現在の部長が、もう楽器とかする事はないし、演奏目的に入部されても迷惑だから。という理由から音研究部に名前を変更してもらったらしい。


 ま、そんな事はどうだっていい。興味もない。


 愛してやまないマルメロのメンバーが切磋琢磨し、青春を謳歌していたという、あの部活に入部できたのであれば、科学部であろうが、野球部であろうが、はたまた生徒会であろうがなんだっていい。


 彼女たちが歩んできた軌跡を辿る事に意味があるんだ。


 「こんちゃーッス!」


 勢い良く音研究部部室の扉を開き、友人の家に上がり込む小学生のように大きく元気な声ではっきりと挨拶する。


 部室を見渡してみるが、まだ部長しか来ていないようで、部室内は部長がいじる機械の音と、外から聞こえて来る部活動の声しか聞こえて来ない程度に静かだ。


 「あ、うん。ホントに入部するんだ……」


 部長は表情を見せないまま機械をいじり、どこか入部されるのが迷惑そうな声でそう言う。しかし、そんな事は一切気にせず、


 「任せてください! 出来る楽器は何もないですけど、自分のお金を使わないでいい程度のパシリなら何だってやりますし、部長がやれと言うのであれば、大衆の面前で靴だって磨かせていただきます! よろしくお願いします!」


 「いや、そういうのはいいから」


 部長は『はぁ』と溜息をつきながら作業を続ける。


 「で、これからオレはどこに座ればいいんでしょうか?」


 「適当な場所に座ってくれていいよ」


 並べられた机を前にして、腕を組みしばらく考える。


 「それじゃあ、天野ほえちゃんが部活動に在籍していた時に座っていた席っていうのはどこですか?」


 「ああ、そこの一番手前の――」


 「フゥ――――――ッ!!」


 自分でもどこから声が出たんだと思う悲鳴にも似た声で、部長が全てを言い終える前に指さした、ステンレスの机に飛びつき頬ずりした。


 「ここでほえちゃんは部活で青春の汗を流していたのかぁ。たまんねぇなぁ、たまんねぇよぉ!」


 そんなオレの姿を部長は、まるでゴキブリでも見るかのような冷たい目で一瞬見た気がするが、すぐに作業に戻った。

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